42 空を駆ける
神殿前に止まっている八本足の白馬は、通常の馬より一回りも二回りも大きく、その背の高さは地上から二メートルはあるようだった。
黒塗りに金の塗装の高級感漂うキャビン、御者の姿は見当たらない。
馬車の扉が開く。中から降りてきたのは黒い帽子を被り、白シャツにサスペンダー付き黒ズボン姿の美少年。
髪の毛先が所々薄紫色に染まった黒髪に、タンザナイトの宝石のような瞳を持つ中性的な顔立ちをしたこの美少年は……若返ったリシュリュー?
「おはよう、ハナ!」
いつものリシュリューは二十代前半くらいに見えていたけど、今日のリシュリューは私と同じか、少し年下くらいに見える。鎖骨まであった髪も、肩までの長さになってるし、どう見ても若返っているような?
「おはよう。リッシュ……だよね? 綺麗な花束ありがとう」
「どういたしまして。詳しいことは馬車の中で説明するよ、さぁお手をどうぞ」
手を取り馬車の席に座ると、後から隣にリシュリューが座った。遅れてドラも飛んで中に入ってくる。
馬車にはウエスト部分に掛ける一本の長いベルトがあって、リシュリューが慣れた手つきで私の分のベルトもカチッと装着してくれた。準備が整うとリシュリューはスッと右手の乳白色の石が埋まっている金色の指輪を口元に寄せて指輪に向かって話しかけた。
「魔塔まで頼むよ」
『肯定』
馬車が動きだすのと同時に、バチバチっと電気が流れるような音が近くで聞こえた。
「なにいまの声、わっ?」『ドラ?』
ガクン、とまるでジェットコースターが上に登っていくときのような感覚。窓に映る景色は流れるような雲。
……雲ぉーっ⁉︎
飛行機並みの速さで駆け抜ける空飛ぶ馬車だった。
「これは魔塔主になったときに前魔塔主から貰った
「空飛ぶ馬車もびっくりだけどさ、その姿はどうしたの?」
「魔塔主としてステラに訪問すると、手続きやら外交面で色々と面倒でね」
「お忍び訪問ってこと? だったらひっそりと来れば良かったのに。この馬めちゃめちゃ目立ってるよ!」
「大丈夫、今日の俺はただの美少年のリッシュさ」
「はぁ、バレなきゃ犯罪じゃないって思ってそう」
「アハッ♪ そんな事無いよ」
全然悪びれる様子もないリシュリュー。
「ふぁ」
またあくびがでちゃった。
「俺とのデートが楽しみすぎて寝不足になった?」
「デッ! デート⁉︎」
「そうだよ、ちゃんとオ レ を ! 意識して?」
私に近づいて、自分の鼻を人差し指で三回トントン叩いてアピールするリッシュ。綺麗な顔が近ぁぁい。
「このマジックバッグに白金貨がたくさん入ってると思うと、落ち着かなくてなかなか寝付けなかったの!」
「ああごめん! 説明不足だった。マジックバッグには所有者の情報を『刻印』しているから、たとえ俺でもハナ以外の者が中に手を入れても何も取れやしないよ、心配するようなら早めに銀行に預けたほうがいいと思うけど」
「銀行! ちゃんとこの世界にもあったんだ!」
「もちろんあるさ。うちの店舗もステラ中央銀行のリーフタウン支店を利用しているよ」
「そうなんだ、ちょっと考えとく」
大きな金額で魔塔の硬貨だから両替もしないといけないだろうし、口座の開設とか色々めんどくさそう。いっそのこと国のために大きな買い物でもして一気に使ってしまうのも有りかもしれないなぁ。とりあえず一旦保留!
「リッシュって転移の魔法使って飛んで来てたよね? この馬車って必要だったの?」
本当は私を連れて一瞬で飛べちゃったりするんじゃないのー?
「ハナが前に言ってたんだよ。お金持ちのかっこいい人に黒い車に迎えに来て貰って、デスティニーランドで遊びたいって!」
「ええーっ何それ! 恥ずかしい」
中学生の頃そんな理想があったような気がしないでもないような……。お金持ちの御曹司達と貧乏な主人公が逆ハーを作っていく乙女ゲーにハマっていた時と一致する。
好感度が一番高いキャラが学校の送り迎えにベンツでやってきたんだよなぁ〜。確か『灰かぶりの貧乏姫は学園王子の寵愛を受ける』って長いタイトルだったわ!
「魔法での転移は一度行ったことのある場所じゃないと飛べないから、今日は
「転移とか使えてリッシュの魔法ってすごいと思うんだけどさ、魔塔って魔素が薄いんでしょ? 魔力が切れたら大変じゃない?」
「俺の使う『竜言語魔法』は魔力とはまた違って、大地の竜脈から『竜気』を吸収しているから、魔素による弊害が無いんだ。ちなみにドラゴンの個体で『竜言語魔法』を使えるのはこの世に俺だけみたいだけどね。ハナのいう『チート』ってやつさ!」
「チートの意味ちゃんとわかって言ってる?」
「イカサマ行為、ずるいって意味でしょ?」
「合ってるし……!」
「窓をみてごらん、バベルが見えるよ」
窓から見えるのは、天まで届く巨大な塔。てっきりタワーマンションのような建物を想像していたけど全然違った。神様が作ったとしか思えないような雰囲気の建造物だった。
「あれだけの大きさなら、たくさんの人が移住できそう」
「確かに、移住計画は何度も出ているけど、バベルがいつまでも崩壊しない保証はどこにもないからね、反対派の意見の方が強いんだ」
「突然現れたんだもんね、突然消えてもおかしくないのかもしれないね」
カタン、と馬車がほんの少し揺れた。
「俺もそう思って反対してる。さぁ魔塔に着いたみたいだ、降りるよハナ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます