39 その女性は驚くほど私によく似ていた

「ここは……?」


 私の問いにアイビーが答える。


『何千年も前にあった、エルフの国よ』


 天国があるとしたらこんな景色なのかもしれない。

 心地よい風が色とりどりの花びらを揺らし、虹色に光る蝶が舞う。

 妖精達が楽しそうに手を繋いで円になりくるくる回っている。その円の中心には美しい金髪に翡翠のような瞳を持つエルフの女性が座り、大きなお腹に向かって『私達の愛しいフィオーレ、早く会いたいわ』と語りかける。


 その女性は驚くほど私によく似ていた。


 ボロボロと勝手に涙が流れた。これは私の体が感じ取った感情から来る涙なんだろうか。

 リシュリューが私を慰めるように肩をポンポンと優しく叩いた。


 そして最後に見せられたのは、美しかったエルフの国が焼け野原となり、息絶えていく私の姿。

 『前世の私フィオーレ』はここで死んじゃったんだね……。


    ♦︎

 

 アイビーの心象世界で沢山の過去を体験して、魔道具専門店の応接間へと戻って来た私達。いつの間にかレオが座っていた場所にリシュリューがちゃっかりと腰掛けていた。


「ねぇドラ、私達どれくらい寝てた?」

 

『ぜんぜん寝てなかったドラ』


 ドラは首をフルフルと振った。何時間も旅して帰ってきた感覚だったのに、ここではほんの一瞬の出来事だったみたい。

 

「私は過去に魔塔に来たことがあって、そこで魔塔主様と出会っていたんだね。ぜんっぜん、覚えてないけど!」


 リシュリューは私の話をうんうん頷きながら聞いていて、記憶に無いって聞いたところでガクッと肩を落としていた。だって夢の中で犬飼ってた記憶しかないんだもんー。


「……ハナの事情は心象世界で理解したよ?、百歩譲って俺との思い出を忘れてしまったのは仕方がないとしよう」


 俯いて肩を振るわせるリシュリュー。もしかして泣いてる?


「そのかわり俺のこと魔塔主様なんて呼ばずに昔みたいにリッシュって呼んでよ!」

 

「リッシュ……」


 ガバッと抱きしめられそうになりフッと体を避けて躱す私と自分自身を抱きしめる形になってしまったリシュリュー。前髪をかきあげ、おでこを出してリシュリューは言った。


「余計なものまで見えてしまったおかげで自分のルーツも分かってしまったよ」


『あら、見えちゃった?』


「どうやら俺は『太古の昔に神に作られた原始の竜』の転生体みたいだよ。捨てられて死にかけていた竜の体に転生したところをハナに助けられたんだね。竜族の中で俺だけが竜言語魔法を使えるのも、神が原始の竜に初めて言葉を与えた存在だったから、という訳か」

 

『そういうワケ! アタシってば表に出ると体力の消耗激しいからハナの中で休んどくわ、じゃあネ!』


 どういう訳? 話の半分も分かりませんよー! 神出鬼没のアイビーは私の中にスッと入って消えてしまった。

 

「そうだ! 魔道具専門店のオーナーとしてハナに渡したかったものがあるんだ、受け取って」

 

 パチン! とリシュリューが指を鳴らす。どこから出てきたのか見覚えのある小型のポーチを取り出して私に渡してくれた。


「これってもしかしてマジックバッグ?」


「正解」


「同じポーチを持った人がね、どう見ても入りきらない量の肉を一瞬で入れてるのを見たの」


「アルバだな」


「そうだけど、どうして分かったの?」


「マジックバッグは非売品でね、彼が魔塔を出ていく際に餞別として俺から贈ったのさ」


「知り合いだったんだね」

 

「ポーチの中に手を入れてごらん」

   

 蓋を開いて中に手を入れてみると、じゃらじゃら、ゴツゴツとした硬貨の感触がした。まるで現金掴み取り!

 銀色に輝く硬貨を一枚手に取って見てみると、塔のデザインが入ったこの硬貨は銀貨よりも軽く、白く輝いていた。


「これってまさか……白金貨? たくさん入ってるみたいだけど……」


「二千枚、ハナの特許に対する報奨金だよ」


 へっ? にせんまい?


 ステラと魔塔の硬貨の価値が同じなら、白金貨は一枚で一千万。一千万の硬貨が二千枚……?

 ……。 …………。………………。

 にっ、二百億ううううううううううう!!??


「今すぐ渡せるのが二千枚ってだけで、全てじゃ無いからね。後日改めて場を設けて手続きしよう」


 ちょっと待って、いきなり大金が舞い込んできて怖すぎるんだけど。

 アルバの名前が出たことで、ここに来たもう一つの理由を思い出した。サンジェルマン卿に頼まれていた、池の浄化の件。

 あれからずっと考えてみてたんだけど、魔素が溜まりやすい場所が危ないんだとしたら、魔道具の力を借りて色んな対策ができるんじゃないかと思ったんだよね。


「ねえ、リッシュに相談があるんだけど、一緒に来たレオにも聞いて欲しいから、ちょっと呼んでくるね」


「俺に出来ることなら何でも協力するよ」


『ドラがレオっち呼んでくるドラー』


「ありがとう、ドラ」


 ドラがピューンと一階に降りて、レオを連れてきてくれた。私の隣にリシュリューが座ってるのを見てムッとしたレオは、反対側のネモフィラのいた席に腰を下ろした。

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