38 リッシュ
『緊急チャンネルまで使ってどうしたんだいネモフィラ』
水晶から聞こえたのは色気を感じさせる男性――魔塔主リシュリューの声。ネモフィラが興奮気味に水晶に体を近づけているのでこちらからは水晶がよく見えない。
「つつつ……」
『つつつ?』
「ついに現れたんです! 主の探し人! あるふぁべっとのあーるって言いました!」
『何! その人は今何処にいる?』
水晶の台座を私がよく映るように動かすネモフィラ。私は帽子をグイグイ下げて俯いた。
『…………ハナ?』
えっ? リシュリューが今私の名前を呼んだの?
『竜言語魔法【転移】』
直後、ネモフィラが座る二人掛けソファの隣に、黒地に赤い彼岸花の模様の入った着流しを身に纏い、足元には黒の下駄を履いた男――リシュリューが座っていた。
鎖骨まで伸びた黒髪にはところどころ明るい薄紫色のメッシュが見られる。そして髪の毛を包むように内側にカーブを描く角とトカゲっぽさのあるタンザナイトの瞳が人間では無い異質な存在である事を物語っていた。
思わず息を呑むのを忘れてしまいそうになる程の中性的な美貌を持つイケメンだ。
リシュリューが手を緩く組み左膝を上げて足を組むと、私の目を見ながら口を開いた。
「会いたかったよハナ……ずっと君を探してたんだ」
薄紫色の透き通るような瞳が私を捕えて離さない。
「ハ……ハナっち、魔塔主様と知り合いだったッスか?」
「初対面だよ〜」
レオが私の腕を肘で軽く突いて小声で聞いてきたので、私も小声で返した。
すると、リシュリューは両肩をガクッと下げて項垂れたままになって、気まずい沈黙が流れた。そしてその沈黙を破ったのは……。
『懐かしい感じがするドラ』『リューちゃんお久しぶりね!』
私の目の前に浮かぶ緑とピンクの光、ポケットから出て来たドラと久しぶりに姿を現したアイビーだった。
リューちゃんってすっごく親しげそうなんだけど、どんな関係なの。
「アイビー! 息災でなりよりだね。こちらの妖精は不思議と懐かしい感じがするけど初めましてかな?」
『ドラ!』
『元気よ! それよりこれからリューちゃんとハナに大事な話があるんだけど、私達だけにしてもらえる?』
ネモフィラは空気を読んで部屋から出て行ったけど、護衛のために来てくれたレオは動かない。
「レオっちごめん! 話が終わるまで下で待っててもらえないかな」
「……分かったッス」
後ろ髪を引かれるようにレオが一階へ降りて行った。
『皆に説明したいんだけど……どこからどう言えばいいのか困ったわ。ねぇリューちゃん! 私の記憶を皆で共有する事って出来るかしら?』
「可能だよ」
リシュリューがアイビーに触れて、「座標はここかい?」『そうね、ここが良いわ』と話し合いをしている。
『これからハナが眠るから、ドラはハナを見張っててちょうだい!』
ほうほう……、これから私が眠るのね。
『わかったドラ、ハナを守るドラ!』
『それじゃあリューちゃん、お願いするわ』
『竜言語魔法【心象世界】』
リシュリューが私のおでこに手を当てて、何かを唱えると、目の前が真っ暗になった。
♦︎
――アイビーの心象世界の中――
吹雪の中、子犬のような黒い生き物がうずくまっていた。そのまま雪に埋もれていきそうな生き物を見つけた過去の袴姿の私が、体全体にある切り傷を見つけて魔法で治していく姿を、半透明の姿になった私達が見ている。アイビーが状況の説明を始めた。
『数百年も前の事よ、ハナが教国から外交のために高位神官と共に初めて魔塔へ訪れた日、吹雪の中で全身傷だらけのドラゴンの子供を見つけて治療したの』
竜を指差してリシュリューが言った。
「ハナに助けられたあの竜が俺。あれからハナは俺のことを犬だと思い込んで『クロ』って呼んで飼ってたんだ」
「えっ! クロ? ……お母さんに、昔クロって犬飼ってたことなかった? って聞いてたことがあったの。でも、お母さんに『あるわけないでしょ』っていわれて、納得できなかったのを覚えてる……」
景色が急に日本に切り替わる。
「見たこともない建物に不思議な乗り物、ここは? そうか……異世界なのか」
リシュリューが呟いた。
景色はさらに森野家の中へ切り替わった。
エプロン姿で料理をしている母に、ジャージ姿の私がクロのことを尋ねていた日のシーンだ。母の後ろ姿を見て懐かしさと愛しさで胸がいっぱいになって涙が溢れた。お母さんに近づくと、周りは真っ暗になり再び魔塔を映し出した。
パジャマ姿の私が、白シャツに黒のサスペンダーに短パン姿の少年リシュリューからドライヤーを渡されている場面だ。楽しそうにベッドに腰掛けておしゃべりしている。
『ハナ、前にドライヤーがあったらいいのになぁーっていってたでしょ? 作ってみたよ!』
『うわーっすごいねリッシュは天才だよー!』
『持ち手のところをよく見て、ハナが教えてくれた、ハナの国のボクのイニシャルのRを掘ってみたよ』
『ブランドロゴみたいで素敵じゃん、お店出したら絶対に売れるよ!』
『そうかな? やってみようかな?』
『私がお客さん一号だね』
『『アハハッ』』
…………。
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