33 温泉だー! 1

「もう下ろしてもらって大丈夫だから……」

 

 屋敷の玄関ロビーにいた使用人にお姫様抱っこ姿を目撃されしまって恥ずかしくて顔から火が出そうだった。


「もう少しですからこのまま我慢して下さい」

 

 アルバはニッコリと私を抱きかかえながら二階への階段を軽々と上っていく。この細い体のどこにこんな力があるんだろう。


「私重かったでしょ、ごめんね!」

 

 アルバは私の部屋の前まで来てようやく私を下ろしてくれた。


「ハナが軽すぎてむしろ心配になるくらいでしたよ。それよりこのまま体を冷やして風邪を引いたら大変です、温泉に入って体を温めたほうがいい」

 

「そうだね、温泉入ってみる! ここまで運んでくれてありがとう」


「どういたしまして」


 アルバと別れてドラと共に部屋に戻ると隣の部屋からミィがやって来た。濡れた服を脱ぐのを手伝ってもらって、セーラー襟の水色のワンピースへと着替える。

 

「ハナ様、風邪ひかないように温泉に入りましょう」


「おんなじ事アルバにも言われた! それで今から入りに行こうと思ってたんだ〜」


『熱いお湯に入るやつドラ?』


「そうだよ」


 私の記憶の一部が流れ込んでいるドラは、温泉が何か分かっているみたい。


『ドラはお留守番してお昼寝するドラ』


 熱い温泉は苦手らしい。


 私の部屋にはベッドが二つあるんだけど、私が寝る方のベッドにまっすぐドラが飛んでいった。まぁいいけどっ。


 「ハナ様、着替えはこちらに用意してあります、では参りましょうか」


「う……、ミィと一緒に裸で温泉入るの恥ずかしい……」


「大丈夫ですよ! タオルで隠す人もいれば、湯浴み着のまま入る人もいますから」


 湯浴み着ってお風呂で入れる浴衣みたいなやつのことかな、それなら恥ずかしくないし女同士で温泉入るのもワイワイして楽しいかもしれない!


「えっじゃあミィと一緒に入る!」


「うふふっ」


 私達が泊まっている部屋を出て突き当たりを左に曲がった先に大浴場があった。男女別に別れた入口を見て混浴ではない事が分かりホッとする。


 脱衣所に入った瞬間濃い木の香りがした。壁や床、天井や棚に至るまで檜材で覆われている。大金持ちのお屋敷はお風呂のスケールまですごいんだなぁと感心した。脱衣所でこれだけすごいなら、中の温泉は一体どうなっているんだろう。


 こげ茶色のリネン素材のワンピースが置かれているスペースがあった、これが湯浴み着ね。脱衣籠の中に服をしまって湯浴み着に着替える。よしっ、いざ温泉だー!


 脱衣所を抜けると、ツンと硫黄の香りと檜の香りが混ざった匂いがした。源泉掛け流しの総檜風呂だ!


「うわぁー! すっごく広いねミィ!」

 

「噂には聞いていましたが、こんなに大きなお風呂とは思ってませんでした〜!」


 私とミィ以外だれもいない、貸切状態だぁ!テンション上がるぅー!


 体を洗う用の石鹸と、髪を洗うための固形石鹸シャンプー、オイルシャンプー、そしてリンス、さらにはメイク落とし用のオイルまで種類豊富に備え付けられている。


 私がいくつかの石鹸の中から選んで手に取ったのは蜂蜜石鹸。中学生の頃自由研究で作ったことがあったから、黄色の石鹸の匂い嗅いでみて蜂蜜石鹸だってすぐ分った!本格的に作ると、子供が一から作るには危ない成分があったから、家の使わない石鹸を細かく砕いてお湯でといた蜂蜜を混ぜて作った簡単なやつなんだけどね。


「いろんな香りの石鹸やシャンプーがあって選ぶだけでも楽しいね!」


「はい〜私はこのバラの石鹸にしました!」


 ミィが見せてくれた石鹸は、薔薇の形に彫られた白い石鹸だった。


「この石鹸はホワイトガーデンの白薔薇エッセンス入りで、上流階級の皆様の間で人気の石鹸なんですよ、一度使ってみたかったんですー!」


 ホワイトガーデンと聞いて、アルバと手を繋いで歩いた白薔薇のトンネルやお姫様抱っこを思い出して照れちゃった、あははっ。


 メイクを落とし、体と髪の毛も洗い終えて、ミィと掛け湯をしたら、髪の毛をタオルで巻いていざ温泉の中へ!

 

 パイプから流れる源泉掛け流しの湯が二十人ほど入れそうな大きな檜風呂へ流れ続けて湯気を放っている。


 ちゃぷ。


「熱つぅっ! 結構熱いねー、ミィ平気?」


「ゔぁぁぁぁーっ!」


 ぶっ! 可愛い顔でおっさんのようなリアクションをするミィに思わず吹き出してしまった。


 お風呂の底や湯の中に湯花といわれる硫黄の塊が浮いているのが見えた。すこしぬめりがあるこのお湯は肌がスベスベになりそう!


 やっぱり広くて熱めのお風呂っていいなぁ、日本人として生きてきたこの魂が温泉を喜んでいる! 極楽極楽。


 ふぅーっと、温泉の温もりに包まれて放心していると、湯煙の向こうからタオルを体に巻いた女性のシルエットが見えた。

 掛け湯をして温泉の中に入ってきたのは、この屋敷の女主人であるロサさんだった。


「屋敷に戻って最初にハナちゃんに会いに行こうとしたら温泉中だって聞いて、来ちゃったわー!」


 アルバの行動力が誰に似たのか分かった気がした。


 ミィはロサさんにお辞儀をした後、「のぼせてきたので先に上がってますね」と湯から上がっていった。

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