26 仕立て屋がやって来た

「愛し子?」


『何でそう呼ばれてたのかは分からないドラ。でもドラがもっと成長したら他にも思い出すことがあるかもしれないドラ!」


 ……うーん。ずっと眠り続けてたこの体に森野ハナの意識が入り込んで目覚めたって事だろうか? 色々聞けたけれど未だに分からないことばかり。


 コンコンと聞き慣れた丁寧なノック音が部屋の中に響いた。


「ミィです」


「どうぞー」『ドラ』


「失礼いたし……っ! ドラ様のお姿が!?」


 ドラの頭の葉が成長したことに気付くミィ。


『成長したドラ!』


「とっても可愛らしいです〜!」


『ドラ〜♪』


 ミィが運んできたワゴンの上にはケーキと紅茶が載っていた。やったっティータイムだっ。


 んーっ!疲れた時には甘いものが一番っ!

 

 ミィが注いでくれた紅茶の香りを楽しみながら、温かいカップを手に取り口へと運ぶ。美味しいけれどもっと甘い方が好みなので角砂糖を一つ、ついでにミルクも入れてスプーンで混ぜる。

 カップの中でグルグルまざるミルクを見つめながら、アルバと一緒にケーキを食べた日のことを思い出す。あの時はブラックコーヒーを飲んだアルバが大人っぽくてカッコいいなって思ったから、私も背伸びして砂糖無しでリンガティー飲んだんだっけ。今日は背伸びする必要もないので、角砂糖をもう一つ追加しちゃお!


 ケーキはリンガのパイ。リンガからはやや酸味を感じるけど、パイ生地がちょうどいい甘さでいい塩梅になってる。

 さっきまで色々な事を考えすぎて頭が疲れてたところに糖分が染み渡っていくぅ〜!


「ご馳走様でした。……えっとミィ、あのね! この前貸してもらった感じの服を私も買いに行きたいのだけど……」


「でしたらこの部屋に仕立て屋を呼んでオーダーメイドで作ってもらいましょう!!」


「えっこの部屋に来てくれるの?」


「もちろんです。ハナ様のためでしたら予約待ちの人気の仕立て屋でも明日にでも来ちゃいますよ〜」


「明日!?」


「もちろんハナ様のご都合に合わせて調整いたします」


「ううんちょっと驚いただけ。私は明日でも明後日でもいつでもいいよ、でもオーダーメイドで作るなんて高いんじゃないの?」

 

「ハナ様にはすでに神殿より特別予算が組まれています。衣食住におかれましては、花巫女様として活動するための経費として落ちますので、仕立て屋にかかる費用も神殿持ちですよ」


 まさかの衣食住タダだったーー!!


「そうだったんだ、じゃあ仕立て屋の件お願いするね」


「ハナ様なら何を着てもお似合いになるでしょう!! 早急に手配いたします!!!」

 

 確かにこの顔にモデル級のスタイルなら、何着ても似合うんだろうなぁ。

 片付けを終えたミィはウキウキしながら部屋から出ていった。


 ――翌日――


「ああっ!次から次へとアイデアが湧いて来ますわぁ!」


 頭を押さえながら興奮を抑えきれない様子で大声を上げているのは仕立て屋のモンステラ。羽付きの大きなつば帽子に紺色のドレープのきいたドレスを身に纏った中肉中背の女性で貴婦人の間で人気のある高級仕立て屋からやって来たデザイナーなのだそうだ。

 私を採寸した後は魔道具と一目でわかるデザインの黒い板に専用のペンを使って、狂ったようにデッサンを続けている。高級仕立て屋というだけあって仕事道具まで高級品なのね。


 そんなに一生懸命にどんなのを描いているんだろう、好奇心を抑えきれずモンステラの後ろからデッサンを覗いてみると、そこには胸元を強調したフリフリでド派手なドレスのデッサンがありました。はて、何故ドレス?


「あのっ! ドレスじゃなくて普段着が欲しいって言いましたよね!」


「ハッ!?」


 はっ!? じゃないよ!


 話を聞いてみると、ゼロからデザインをして素材や色を選んでから一着の服を作るのに何ヶ月もかかるのだそうだ。何ヶ月もかかるなら、街に既製品買いに行った方が早いよぉ。どうしよう。


「既製品ってありますか?」

 

「もちろんご用意しております、こちらをご覧ください」


 モンステラは部屋の隅に置いてあった二つのトランクを両手に持ち、私の前に持って来て開いてみせた。中にあったのは色とりどりのブラウスやワンピース、スカートやペチコートなど。どれもすごく可愛い。体にフィットしそうなブラウスもあるし、袖がふんわり膨らんだデザインのものもある。

 あらかじめミィの持っていた服と似たようなのが欲しいって伝えていたかいがあって、好みドンピシャのものばかり。


 突如、コンコンとノック音が響いた。


「はーい?」


「やっほー! 来ちゃった!」


 ロサさんだった。今日は薄紫のふんわりしたワンピースのドレス姿だ。


「ハナちゃんが仕立て屋呼んだって聞いて、来ちゃったわよぉー!」


 勢いよく来たロサさんは、部屋を見渡したあと、「この部屋のインテリアを変えたかったら遠慮なくミィに言うのよ!」とか「ハナちゃんにはピンクの壁紙のほうがいいかしら?」などと言った後、モンステラのデッサンを見て、大絶賛したあと、もっとシンプルなのも見たいわ! と注文をつけ始めて、それを受けてモンステラも「ここはアイデア湧き出る泉」とか言い出してデッサンに夢中に……。


「あの、モンステラさん、試着してもいいですか?」


「もちろんです!」


 一目見て気に入ったブラウスと、それに合いそうなピンクのスカート。さらに縦ストライプの入った水色のワンピースとペチコートをドレスルームに持って行って、一人ファッションショーを始める。

 ピンクのスカートも可愛くてよかったけど、やっぱり水色が似合ってる気がする。この水色のワンピースに白いフリルのたくさんついたペチコートの組み合わせ、すごく気に入った! ペチコート合わせるとめちゃめちゃ可愛くなるなぁーっ。


「ハナちゃん、着替え終わった? 私にも見せて〜!」


 うわっ! 急にカーテンの向こうから声がしてびっくりした〜! ロサさん、見た目は綺麗系なのに行動は完全なおばちゃんだよ。


 カーテンを開けて、ロサさんの前で一回転する私。


 うぶっ!!!


「あーん! ハナちゃんお人形さんみたいだわ! 私に娘がいたらこういう服着せたかったのよー!!」


 回り終わったらロサさんの胸の中に抱き締められました。


「モンステラさんこの服気に入りました。あとこのブラウスとスカートも」


「かしこましました」

 

「ハナちゃん、今日持って来てもらってる服、全部着てみなさいな! サイズが合わないもの以外全部いただくわ!」


 ぜ、全部!!??


「ハナちゃんが試着してる間、私の方でオーダーメイドでハナちゃんのお洋服何点か注文しておくわねっ!」


 そうして、全ての服に袖を通した結果、部屋の中のクローゼットが普段着でいっぱいになりました。

 つ、疲れた……!

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