22 奇跡の光

 なんと炊き出しの日は教会の治療も無料! 救護室にはすでに長蛇の列が出来ています! てっきり多くても五人くらいだと思ってたよ……。


 救護室には空いたベッドが四台。部屋は仕切りで半分に分けられていた。

 モス司祭とシスターアンナの癒し手としてのレベルは低いらしく、治せるのは擦り傷や風邪の初期症状、麻痺や毒までということで、軽い症状の者はモス司祭の方へ、重症患者はロサさんとシスターリゼ、そして私が担当する事になった。


 救護室の入り口にはシスターアンナが受付として立っていた。患者から症状などを聞いてどちらに案内するか割り振る役目だ。

 

 最初に私達側にやって来たのは、ぐったりと動かない生後数ヶ月の赤子を抱いた母親。素人の私から見ても赤子が危ない状態なのがわかる。一刻を争うので一番最初に案内されたんだろう。


「お願いします、この子を助けて下さい!」


 母親はロサさんの前で涙を流して懇願した。シスターリゼが赤子を抱っこしてベッドに寝かせる。


「安心して、必ず助けるわ! ハナちゃん、これから私がやる事を見て覚えてね」


 気合いを入れるためか腕まくりするロサさん。

 

「はい」


「まずは癒しの対象を認識すること、そして一番大切なのは癒してあげたいっていう慈愛の気持ちね」


「あとは詠唱よ、『緑よ! 彼の者に癒しを与えたまえ!【ヒール】』」


 優しい緑色の光が赤子を包む。光の粒子が赤子の体に吸い込まれて消えていく。


「……おぎゃあ」


 か細くて小さな泣き声。だけど小さな体で生きてる事を伝えてくれる鳴き声だった。来た時は今にも死んでしまいそうに見えた赤子だったけど、もう大丈夫だって思えた。


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 シスターリゼがベッドの赤子を抱いて、母親の腕の中へと返すと母親は顔面をくしゃくしゃにしながら何度もお辞儀をしながら出て行った。


「すごい……」


 思わず口から感嘆の声が漏れる。これが癒しの魔法……! 神の手を持つ医師の特別番組を見たような気持ちになった。


「次の方どうぞ!」


 ロサさんの声を聞いて次に入ってきたのは、杖をついて左足を引きずって歩く若い男性。


「オラぁケビンといいやす。畑を荒らしてたワイルドボアに襲われちまいましてこの通りでさぁ」


 ケビンがベッドに腰掛け、左足のズボンを上げると、左足は血の滲んだ布でぐるぐる巻かれていた。


 ロサさんが布を解き終わると、黒く変色した皮膚があらわになった。


「これはひどい、壊死してるわ。ここまでになると私に治せるかどうか……」


 癒し手は、万能では無い。

 まず自分を回復できない。

 そして自分のレベル以上の回復が出来ないので、擦り傷程度しか治せない者が、それ以上の傷に向けて魔法をかけても何も起こらない。

 強い回復力なら小さな傷を治せるけど、弱い回復力では大きな傷は治せないということだ。


「オラぁまた畑仕事がしてぇ。なんとかおねげえしますだ!」

 

 しばらく沈黙していたロサさんを見て、治療を拒否されると思ったのか、男性はロサさんの手を握り懇願した。

 

「……やるだけやってみるわ! 『緑よ!彼の者に癒しを与えたまえ!【ヒール】」


 優しい緑の光がケビンの左足を照らしはじめ、パッと消えた。


「失敗だわ……、ケビンさんごめんなさい。」


 俯き、唇をキュッと結ぶロサさん。


「もう一回……、あともう一回だけおねげえします!!」


 ブルブルと震えながら懇願するケビン。


「何回やっても結果がかわることは無いのよ……」


「あんたならどうなんだ?」


 シスターリゼを見て問いかけるケビン


「私はロサ様よりもレベルが低いです」

 

「……………………」


 痛々しい沈黙の中、私のスカートがもぞもぞと動いた。ポケットからドラが飛び出して、ケビンの周りを一周して戻ってきた。


『ハナーやってみるドラ! ハナなら出来るドラ』


「――! そうよ、ハナちゃんがいたわ。本当ならもうしばらく見学してもらってから本番にしようとおもっていたけど、試さない理由が無いわね! ハナちゃんやってみましょう!」


 ロサさんの動き……ちゃんと見て覚えてる!


「やってみます……!」


 ロサさんが教えてくれたことを思い出す。

 一番大切なのは癒してあげたいっていう慈愛の気持ち。


(ケビンさんの変色した足、可哀想。元気に畑仕事できるように治してあげたい!)

 

 気持ちを強く持つうちに自然と両手の指を絡ませて祈るポーズになっていた。


『緑よ……』


 ほんの数秒、体がフワフワ浮いたような浮遊感につつまれ、目の前が暗くなる。あ……めまいだ。こんな時に貧血で倒れちゃう!と思ったけど、逆に体の中で眠っていたエネルギーが目覚めて爆発したような感覚。

 

 パアアアアアア!!

 

 緑色の光が私の周りをぼうっと照らす。

 え、待ってまだ緑よしか言ってない!


 パアアアアアアアアアアアア!!!


 緑色の光はドーム場に私を包みこむと、ブワッとドームの範囲がどんどん広がり部屋の壁をすり抜けて行った。


「奇跡だぁぁっー!!」

 

 突然、大声を出したケビン。ベッドから立ち上がって、左足を床にドンドンと何度も踏みつけている。血が通わなくなってどす黒く変色していた左足は、傷一つない健康的な小麦色に変わっていた。


 それから部屋中がざわざわし始めてモス司祭が驚いてやって来た。


「今の光は? 私の所にいた患者の傷がみるみる塞がっていきましたよ!」


 シスターアンナも慌てて走ってきた。


「今の光に体が触れた村の者全員、元気になってます!!」


 ……皆の視線が一気に私に集中した。

 

 これって、僕なんかやっちゃいました? ってやつ?

 

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