21 グラス村 3
ゴーン ゴーン ゴーン ゴーン……
教会の鐘が大きく計十二回鳴り響く。
朝六時と昼の十二時、夕方の六時に、それぞれ六回、十二回、六回と、時間を知らせる鐘が鳴るらしい。そして今のは正午を知らせる鐘ね。
しばらくすると鐘を合図に教会の庭に村人がポツポツと増え始めた。
村の主婦達が炊き出しの配膳を手伝ってくれたので、私はシスターアンナと一緒にお菓子配り。葉っぱの形をしたクッキー三体が入った袋と、貝の形をしたマドレーヌ一個が入った袋の二種類があって、どちらか一個欲しい方を選んでもらうの。並んでいる村人達は、飢えに苦しんで今にも倒れそうってわけでも無く、無料だから貰いに来ている感じがする。町内会のお祭りみたいなそんな感じ。
ようやく最後のクッキーを渡し終わると、ちょうど良いタイミングでアルバが迎えに来た。
「ハナ、食堂に皆集まってますよ、私達も昼食にしましょう」
「はーい」
ワイルドボアの串焼きを片手に笑顔のアルバ。
「その前に。ハナ、あーんして」
村の人達が見てる中で、あーんはちょっと無理! なので串を貰って自分で食べました。
甘い! 最初に感じたのは甘み。表面はサクサクとしていて、中身は脂がのっていて噛むとジュワッと肉汁が溢れてジューーシーー!今まで食べたことのない味だった。これがあのワイルドボア? 塩だけの味付けのようだけど、シンプルイズベスト! 素材の旨みが引き立ってる! 欲を言えば胡椒も欲しかったけど、この世界での胡椒は高級品のようで、炊き出しに気軽に使える物ではなかった!
「油の乗った肩の部分です、美味しいでしょう♪」
「めちゃめちゃ美味しいね〜!」
「喜んでもらえて良かった!」
串焼きを食べ終えて教会の中の食堂に入ると、大きな丸いテーブルの上に芋煮や肉厚のステーキが並んでいた。私達の分って別に取ってあったんだ!
モス司祭、シスターアンナ、ロサさんが席についていた。
「……っ! その衣服は花巫女様!? 挨拶が遅くなりました。司祭のモスと申します」
席を立ち深々とお辞儀をするモス司祭。偉い人にお礼をされる側になるのがいまだに慣れない。
「花巫女のハナです。今日は手伝いと勉強を兼ねて来ました、よろしくお願いします」
「モス司祭、うちの出した討伐依頼のワイルドボアをここに来る途中でアルバ様が倒してくださったそうですよ」
そう告げたのはシスターアンナ。
「ああ、聖樹様は常に私達を見ていてくださっているのだ!」
円のテーブルの空いている席に腰を下ろすと、隣の席にアルバが座った。
炊き出しの片付けのため遅れて入ってきたシスターリゼが最後に座って、全員が食堂に集まった。
「それでは昼食をお召し上がりください。」
とモス司祭。
「「「「「「いただきます」」」」」」
食堂の厨房で温め直された料理からは湯気がでていた。自分が調理を手伝った芋煮は格別に美味しい。透明感のあるスープは鳥肉入りで良い出汁がでてるし、すいとんは弾力があってもっちりもちもち。
ワイルドボア肉は、肉厚のステーキに調理されていた。炊き出しだと塩のかかったサイコロステーキだったけど、私達の目の前にはソースのかかったステーキと付け合わせのマッシュポテトが載っている。
ステーキを一口食べてみると、いい部位を使っているのがよく分かった。脂身がトロッとしていてとても美味しかった。
テーブルの中央には籠いっぱいの黒パン。黒パンって呼ばれているけど茶色い固めのパン。てっきり黒糖パンかと思って食べてみたら全然甘くないし、もそもそするし、何度も噛まないとやわらかくなくならない程硬い。
皆を見てみると、不満の一つも言わずに黒パンを食べている。神殿で出してもらっていた白パンって高級品だったんだなぁと思った。
普段はパン粥や麦粥にスープが主食らしくて今日はかなりのご馳走だということだった。
大量に余ったワイルドボアの生肉は塩漬けにして干し肉にするらしい。今年の冬のごちそうだってシスターアンナが喜んでいた。
昼食を食べ終わって休憩時間になり、実は二人だけで相談したい事があると言ってロサさんを談話室に呼び出した。そこで記憶喪失というのを理由に色々と知りたかった事を教えてもらった。
気になっていたのは前にロサさんが言っていた、医師はお金がすごくかかるから、医者に診てもらえない貧困層が教会にやってくる、という言葉。
納得がいくまで教えてもらった結果、この国での教会がいかに重要な施設なのかがよくわかった。
癒しの魔法を使える者を癒し手と呼ぶ。殆どの者が教会に所属する。
魔法無しに学問として医学を学び、患者を診察して治療をする者が医者。医師の住む家が診察所となっている。
医者は主に薬草など回復効果のある植物を薬として使ったり、怪我したところを縫ったりするみたいだけど、医者にかかる治療費は、例をあげると捻挫を一回治すのに一ヶ月分の食料と交換、というように村人がとても払える金額では無いためこの村には医師がいない。
というか、この国は神聖教国というだけあって教会の力が強く、患者のほとんどが教会を利用するので、医師の数が少ない。逆に外国では癒し手が少なくて医師が多いので医療が発達しているのだそうだ。
癒し手はおよそ数百人に一人の割合でいて、いたとしても擦り傷を治せる程度のレベルの癒し手がほとんどなので、レベルの高い癒し手は非常に貴重な存在となる。
癒し手は教会で高待遇で働けるので、癒しの適性がある者はほぼ教会で働くようになる。農民から癒し手が生まれれば、一家の大黒柱の誕生だ。
教会は無料で治療を受けれるのかと思いきや答えはノー。気持ち程度の寄付を貰って、治癒を施すのが教会なのだそう。
気持ちの額によっては治療を受ける事ができず、そのまま風邪を拗らせて亡くなってしまう事も当たり前のようにあるらしい。
ゴーン……と鐘が一回鳴った。
治療活動の時間を知らせる鐘がなる。私とロサさんは救護室へ向かった。
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