20 グラス村 2
再びロサさんとシスターアンナが話し込んだ。
「ところで、モス司祭はミサ中かしら?」
「はい」
開かれたドアから教会を覗いてみると、長椅子が並んでいて、奥には白の司祭服に聖樹モチーフの金の刺繍が施された緑色のカズラを被った司祭が立っている。
祭壇の上には水の張った盆と、その盆には聖樹の像が飾られていて、子供を連れた女性が手のひらほどの大きさのジョウロで聖樹像に水をかけ終わると、子供にジョウロを渡し、子供も同じように像に水をかける。ジョウロを祭壇に戻すと、二人で手を合わせてお祈りをして、頭を下げて、次の村人も同じようなことを繰り返していく。
何かの儀式中なのか、司祭の前で大人から子供まで順番に並んで、一人ずつお祈りしているみたい。その風景は、神社のお参りに似ていた。
「あれはね、豊作になりますように、家族が健康でいられますようにって願い事しながら聖樹像に水をかける儀式なのよ」
私ってばよっぽど不思議そうな顔で見てたんだろう、ロサさんが教えてくれた。
儀式を終えた三人の子供達が馬車の到着に気づいてこちらにやって来くると、ロサさんをぐるりと囲んだ。
「ロサさまー」「ロサしゃまー」「こんにちはー」
「こんにちは! 遅くなってごめんなさいね、お昼までには炊き出し始められるように準備するから、待っててちょうだいね」
「はーい!」「たきだしーたきだしー」「たのしみだねー」
『ここがグラス村ドラー?』
馬車の中が窮屈だったのか、ピュンピュン空を飛びまわって、私の元に戻ってくるドラ。
「しゃべったぞ! すっげーめずらしい虫だ」「つかまえよう」「虫ー」
子供達にとっては珍しい虫を見つけたようなもの。わらわらと私のところに子供達が寄ってきて、ドラを捕まえようと、追いかけっこがはじまった。三人の連携プレーによって捕まりそうになったドラは私のスカートのポケットに逃げ込んだ。
「ごめんね、この虫はお姉ちゃんのなんだ」
子供の目線に合わせてしゃがんで三人の子供の頭を順に撫でた。
『虫じゃないドラ!』
「姉ちゃんのかー」「またねー」「ばいばい、虫ー」
ドラは私のスカートの中にしばらくいてもらう事になった。
「教会に併設された建物があるでしょ? あそこの孤児院の子供達なの。みんな赤ちゃんの頃から知ってるから孫みたいに可愛いのよ」
ロサさんは慈愛に満ちた表情でそう言った。
「さぁみんなで支援物資を中に運びましょう、クッキーの入ったケースは庭に置いたままね」
ミサの邪魔にならないように裏口から教会へ入り、毛布などの重みのあるものはアルバが運び、私達女性陣は軽めのケースを運んでいく。
「さぁて、私達は炊き出しの準備をしましょうか! アルバは薪でも割ってなさいな、厨房借りるわね!」
慣れた様子でテキパキと指示を出すロサさん。
私達は厨房で包丁を片手にそれぞれの野菜の下ごしらえを始めた。私はというとサツマイモによく似た形の芋の皮を剥いています。焦げ茶色の皮を剥くと中が白くてほんのちょっとだけどぬめりがある。サトイモに近い味なのかもしれない。
包丁を使ったのはいつぶりだろう、小学生の頃カレーの手伝いで玉ねぎをみじん切りにした時以来かもしれない。
お父さんとお母さんどうしてるかな……。
剥き終わった芋が籠いっぱいになったので、一口大へとカットしていく。
「ロサさん、芋の下ごしらえ終わりました」
「つぎはこのボウルの中に少しずつお湯をいれて耳たぶくらいのかたさになるまで混ぜてもらえるかしら、私は外の鍋の準備してくるわ! 芋の籠貰ってくわね」
小麦粉の入ったボウルと木ベラを渡された。一旦ボウルをテーブルの上に置いて、湯気を出しているヤカンを手に取る。持ち手の部分は木でできているので熱くはなかった。慎重にお湯を少しずついれて木べらでこねていく。時々自分の耳たぶを触って硬さを確認。こんなものかな?
いい感じにこね終わると、ロサさんが戻ってきた。ロサさんは私から左手でボウルを受け取ると、スプーンを右手に取った。
「さぁもうすぐ完成よ、一緒に庭に行きましょう」
庭では大きい鍋が二つ、ぐつぐつと煮立っている。
スープの湯気からは食欲を刺激する良い香りが漂っている。水炊きのような香り。
ロサさんはボウルの中身をスプーンですくって鍋に入れていく。沈んだ小麦粉のかたまりがスープに浮かんだ姿を見て、あっコレすいとんだって思った!
一方、アルバは大きな鉄板の上でサイコロステーキを焼いていた。いつの間にっ!!
「アルバ、調理場に来てなかったよね? いつお肉用意してたの?」
アルバは腰のポーチをポンっと叩いてみせた。
あぁ……。ワイルドボアって食べれるのね……。
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