18 希少種との遭遇

『出発ドラー!』

 

 ドラはそのままピューンと前方へ元気よく飛び出した。


「真っ直ぐ進まないと、迷子になっちゃうからね!」


 あっという間に見えないところまで飛んでっちゃった。


 神殿の中央には白い砂利で敷き詰められた正方形の中庭があって、噴水を囲むように色々な草花で彩られている美しい場所があるんだけど、そこから「へー! ドラっちっていうんスねー! 」『ドラー!』という会話が聞こえて来たので、アルバと二人顔を見合わせて中庭に足を踏み入れると、首にタオルをかけた白シャツの男性が、発光体のドラを指で摘んでいた。

 

 柔らかそうな癖っ毛の赤茶色の髪にアクアマリンの瞳。

 胸板は厚く筋肉質で太い腕が温和そうなワンコ顔とのミスマッチを感じさせる。誰でしょうかこの細マッチョイケメンワンコは。


「うわっ! 団長」


『ドラ!』


男性の手元から私の元へ戻ってきたドラ。


「レオ! 朝練はどうした? サボりか?」

 

「逆っスよー! 体動かし足りなくてここで追加のスクワット二百回してたんッス! 部下の前でやったら部下もやらないといけなくなるっスからね」


 よく見たら男性の腰には騎士団服の上着が巻かれている。アルバのとこの騎士団員みたい。じっと見ていたら目が合った。


「巫女様、俺は神殿騎士団ステラナイト副団長のレオ! よろしくお願いするっス」


 ビシッと敬礼するレオに対し、私もスカートをつまんでお辞儀をしようとすると、アルバが(身分はハナの方が上ですから、カーテシーは必要ありませんよ)と耳打ちしてくれたので、口頭だけでの挨拶に切り替えた。


「花巫女のハナです。こちらこそよろしくお願いします。私のことはハナでいいですよ」


「んじゃぁ、ハナっち!」


 子供の頃、色々なあだ名でよばれていた中に、はなっちって呼んでくれた子がいたなぁーと、懐かしい気持ちになった。


「じゃあ私もレオっちて呼ぶね!」


「ハナっちノリいいっスねー!団長、そんな蛇みたいに睨まないでくださいよー!」


 初対面だけど、レオが人懐っこいせいかすごく話しやすい。


「レオ、今日は騎士団をよろしく頼む」


「ウッス! 最近グラス村で負傷者が増えているみたいなんで、ついでに調べて欲しいッス」


「何⁉︎ 分かった、じゃあなレオ」


 二人は肘と肘を当て別れの挨拶をしていた。仲良しなんだなぁ。敬語じゃない騎士団員としてのアルバってあんな感じなんだね。


 神殿を出ると、三台の馬車がとまっていた。


 てっきり一台の馬車に三人乗って行くのかと思ってたけどそうでは無く、アルバによるとロサさんとシスターが乗る馬車、私とアルバが乗る馬車、支援物資を乗せた馬車の三台で出発するみたい。


 しばらくアルバと二人で待っていると、ロサさんと、シスターがやって来た。


「おはようハナちゃん、今日は来てくれてありがとうね、こちらはシスターリゼよ」


「シスターのリゼです。本日はよろしくお願いいたします。皆様に聖樹様のお導きがあらん事を」

 

 裾の長い黒のフードに黒のローブ、腰の部分は白い紐で結ばれている。フードからはウェーブがかった金髪がのぞいていた。眼鏡をかけた青い瞳のつり目のお姉さんだ。首には聖樹モチーフの銀色のロザリオがキラリと輝いていた。

 

「シスターリゼ、よろしくお願いします!」


 挨拶を済ませた後はそれぞれの馬車に乗り込んでいく。

 

「お手を」

 

 アルバのエスコートで馬車に乗りこむ。


「ありがとう」


 アルバは隣のシートを軽くポンポンと叩いた。


「こちらへおいで」


「え? でも狭いよ⁉︎」


「大丈夫ですよ! ほら!」


 ポンポン! と再びシートを軽く叩く。


 もしかしてお互いの体のために必要だからかな。深い意味は無いのかもしれない。


「じゃあ隣失礼します」


 キャー! 腕が密着してるよぉぉ!

 接触によってアルバから魔力が送られて来る。


「こうした方が効率いいですから」


 ギュ。と握られる手。

 全神経が繋がれた左手に集中しちゃうよぉ。


 だけど、甘い時間は長くは続かなかった。

 突然の激しい馬車の揺れと馬の鳴き声によって終わりを迎える。ぐらりと前のめりに倒れそうになる体をアルバが支えてくれた。


「前方の馬車に何かあったようです! 一旦止まりやす!」


 緊迫した御者の声。馬車のスピードが徐々に遅くなり

停止する。アルバがドアに手をかけた。

 

「何事だ!母様は無事か⁉︎ ハナ、私は様子を見て来ます! 馬車から出ないように!」


 一体何が起きたの?

 窓をのぞいても土煙が起こっていて何も見えない。


「ありゃワイルドボアか? かなりデカい! しかもつがいか⁉︎ なんてこった!」


 緊迫した御者の声。

 

 ワイルドボア? モンスター⁉︎

 モンスターがこの世界にいるってことは認識していたけど、実際に見たことは無かった。

 

 どうしよう、すごく怖い。

 

 前を走っていた馬車にいるロサさんとシスターは無事なんだろうか。


 意を決して馬車のドアを開いて外の様子を見る。

 

 ――! 思わずゾッとした。


 車一台分くらいの大きさの巨大なイノシシ二頭が光の壁に向かって何度も突進しているのが見える。まるでCGでも見ているかのような非現実的な光景。あれがワイルドボア……︎⁉︎ あんな馬鹿でかいのに突進されたら吹き飛ばされて死んじゃうよ!

 光の壁はどうやらアルバの手から放たれた光だったみたいだ。

 アルバは右手に剣を持ち、前方に向けた左手からは黄金の光が放たれて光の壁を作り出している。アルバが守っているのはロサさんとシスターリゼ。

 馬車の御者は馬車の陰に隠れてうずくまっている。


 アルバは防御したまま動かない。もしかしたら護るのに集中して攻撃ができないのかもしれない。

 

 何度も突進され続けたらアルバの魔法の壁壊れちゃうんじゃないのかと最悪の未来が頭をよぎった。


「ドラ、どうしよう、どうしたらいい?」


『ドラにまかせるドラー!』


「あっ、ドラ⁉︎」


 ワイルドボアの前までまっすぐ飛んで行って、強烈な光を放ったのが見えた。目くらましね!


 ワイルドボアの動きが止まった。目くらましされたことへの怒りに満ちたグルルルという鳴き声がこっちまで聞こえくる。


光の壁を解除したアルバが右手の剣をモンスターに向け幾度となく斬撃を放っているのが見えた。モンスターの皮が厚いのかワイルドボアは倒れない。


 怒りの声をあげたワイルドボアが、今度は私の方に体を向けて助走をつけて走り出そうとしたその瞬間。


「そちらに行かせるものか!」

 

 アルバが剣を上段に構える。刃に光が集まり光り輝く。


 【月光斬】


 剣を振り下ろすと、光をまとった斬撃派がワイルドボアを真っ二つに切断した。その光はまるで三日月そのもの。


つがいを失ったもう一頭は勢いを止めずにこちらに突進して来る。馬車に戻ったところで、馬車ごと破壊されて終わりだろう。どこへ逃げる? どっちの方向? どうしたらいいか分からない。助けて! 足がすくむ。


突進してきたワイルドボアの後ろ足に二発目の斬撃派が飛んできて足を吹き飛ばしていった。前足だけになったワイルドボアはバランスを崩して勢いよく転がり、私への衝突は免れた。そしてとどめを刺しに走って来たアルバによって、ワイルドボアは一突きされ、ビクリとも動かない様子! 怖かった……!

 

「ドラ様のおかげで難を逃れることが出来ました」


『ハナ〜! 褒めるドラ』


 私のもとに戻ってくるドラ。


「よしよし! えらいえらい」


死体を改めて見てみると白目を向いていてグロい……。それにしても本当に大きなモンスターね。硬質そうな毛は刺さっただけで怪我しそうだし、牙なんて子供一人分位の大きさがある。


 ワイルドボアはもう倒れたので、ロサさんがこちらにやって来た。


「助かったわアルバ。それにしてもワイルドボアが畑を荒らすって報告は受けていたけどれど、まさかこんな大きなワイルドボアが人を襲うなんて……」

 

「うーむ。希少種でしょうね。普通のワイルドボアの十倍はデカいです。この周辺を調査する必要がありますね」


「そうねこの件は持ち帰って検討しましょう。まずは死体の処理お願いするわ」


 アルバが腰のベルトに着けていた小型のポーチを取り出し蓋を開いてモンスターの死体に向けると、まるで掃除機がゴミを吸い取るように、モンスターの死体を吸い込んでいった。


 魔道具なんだろうか。


「さぁ、だいぶ遅れをとってしまったわグラス村に向かいましょう!」


 ロサさんの掛け声で皆それぞれの馬車に戻っていく。


 再び座席ポンポンされて、アルバの隣に座らされる押しに弱い私。嫌じゃ無いんだけど、恥ずかしいんだってば!

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