14 顎クイッ背中グイッ

ミィがいると着替えを手伝おうとしてくれるのが恥ずかしいので、一人でいるうちに花巫女の衣装に着替えちゃお。


 コンコンコンコン。


 いつもよりもやけにノックが多い。

 誰?

 

「はーい?」


 返事をして一呼吸の間の後、ドアが開く。


「失礼いたします、花巫女様がマナーレッスンをお望みということで参りました。セイラと申します」


 望んでませんケド? ミィの差し金かっ!?

 

 セイラと名乗るドレスを纏った女性が部屋に一礼をしてから入って来た。女性にしては背が高めで体格がよい。

 

 セイラは扇子を取り出すと手のひらにパン! と当てた。


「まずは姿勢についてですわね!」


 私の顎をクイっと動かし背中に手をグイッと当て姿勢を矯正する。


 顎クイは憧れの一つだけど、コレじゃないッ……!


「花巫女様、実に美しい姿勢でございますわ!あとは精霊様も!」


『ドラッ?』


 セイラがドラの姿勢を正そうと近づくと、発光体になって私の肩の上へと逃げて来た。


『ドラはこの姿でついてくから、マナーはいらないドラ!』


 ズル!!!!


「さぁ、気を取り直してこれから楽しいマナーレッスンを開始しましょう!」

 

 パン! とふたたび扇子を取り出して手のひらに当てる。


 スカートの両側を持ち上げてお辞儀をする挨拶などの基本動作や、歩き方の練習が始まった。歩く途中、猫背を注意されて、逞しい腕でぐいっと背中を何度も矯正された。

 

 昼食はテーブルマナーのお時間に。

 心の中でミィに感謝! 及第点をいただきました。

 

 昼食後に軽く休憩を挟んだあとは上座と下座などの座学の時間。


「はいっ! これでレッスンは一通り終了になります。お疲れ様でした」


 やっと終わったーー! 何度頭や顎や背中を正されたことか。でもそのおかげで姿勢が綺麗になった気がする。


「ありがとうございました」


 セイラは美しい動作でスカートの裾を摘んでスカートを上げると深々と腰を折ってお辞儀をして、部屋を後にした。


 疲れたーー!!!!



 ポチャン。


 両手のひらでお湯をすくい匂いを嗅いでみると、ほんのりとだけどスッキリとしたミントの香りがした。


「はぁー! 生き返るぅー!」


「ハナ様、上がられましたらマッサージいたします!」


 ミィの声だ。いつの間に! ミィってば私がお風呂に入ろうとすると一緒に来て体を洗おうとしてくれるし、今みたいにお風呂上がりにマッサージをしようとする。

 前にマッサージだけならいっか! とお願いしたら、横にさせられてガウン脱がされてオイル塗り始めるものだからめちゃくちゃビビってストップかけたもんね。

 てっきり服の上から肩を揉んだりしてくれるのかと思ったよ。

 

 いくら女性同士でも裸見られるとか、無理!

 中学の修学旅行でホテルに宿泊した時だって、友達に大露天風呂に行こうって誘われたけど、あの日だからって嘘ついて、一人で部屋のシャワー使った日のことを思い出したよ。ふっ。


「マッサージはいらなーい!」


 バスタブの中には手のひらサイズの水晶が沈んでいる。  

 実は火の魔法が閉じ込められている魔道具らしく、この水晶一つでお湯の温度を一定に保ってくれている。

 水晶自体は体に触れても熱くないから不思議。

 

 興味本位で値段を聞いて見たところ、魔道具一つがミィの一年分のお給金らしい。この世界の一年分のお給金が日本円でどのくらいか分からないけれど、それくらい魔道具が高級品って事は分かった。


 私に用意してもらってるこの部屋、着替えるためのドレスルームがあったり、バスルームまであるし、改めてお姫様みたいな生活してるなぁ、としみじみ。

 

 ザパァ


 バスタブから上がり、備え付けのふんわりタオルで髪や体を拭き、用意されているバスローブを身につける。タオルドライした髪の毛に、ミィが手にした魔道具から温風がかかる。形も性能もまるでドライヤーだ。水晶がミィのお給金一年分なら、このドライヤーも同じかそれ以上の値打ちのあるものなんだろう。

 

 髪の毛を乾かすと、左耳の上の髪の毛を取り三つ編みを編んでくれた。髪を結ぶゴムにはエメラルドグリーンのクローバーの飾りが付いている。右耳の上にはやや大きめのピンクの花飾り。トンガリ耳には翡翠のイヤリングを。あとは自分で花巫女の衣装に着替えて準備完了!

 

そしてタイミングを見計らったように鳴るノック音。


 コンコン、ガチャ


「迎えに参りました」

 

 騎士団の制服に身を包んだアルバ。

 

 いっつも思うんだけど返事したあとにドアを開けるの何とかなりませんかね? 騎士服のアルバが眼福なので許しちゃうんですけど。


「なんだか今のハナは色っぽいですね?」


 疑問系?

 

 「うえっ?!」

 

 思わず変な声でた。

 

 なんだろ? お風呂の中にオイルがはいってたから、あのミントの香りでも残ってるのかな? 自分の腕をクンクンしてみたけど、鼻を近づけないとわからないくらいのほんのりとした香りだった。


 何がツボったのかわからないけど、アルバがクスリと笑った。人を馬鹿にした感じではなくて、子供の失敗をあたたかく見守る大人の笑顔みたいな、余裕のある笑み。

 なーんか釈然としないなー。


 お出かけムードを察知したのか、それまで静かにボールで一人遊びをしていたドラが発光体になり私の右肩の上に飛んで来た。


「それでは、ご案内します」

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