第28話 折れたプライドと成長

「――――う~ん……やっぱりいい香り。口当たりもほどほどに濃厚でいいでありんすね。」




「――――そうだな……俺は食べ物の味にこだわりは薄い方だが、これは美味い。何だかホッとする。」





「ペスコ=コーシャ……ペコ、と言いんしたぇ。イタリアンもコーヒーとよく合っていて美味しいでありんすぇ。チーズは濃厚なのにしつこさが無く、チップスもサクサクしていんすぇ。」





 マユとアリノは素直にカジタのコーヒーを絶賛し、またコーヒーに合わせて作った軽食……ペコの創作イタリアンにも舌鼓を打った。





「――おクチに合ったようで光栄デスヨー! でも……自分ではまだまだデス。だからこれからもっと腕を磨いて、イタリアンをそのコーヒーと並んで看板メニューにして見せマース!! ナハハハハ!!」





 ――ペコは、イタリアンを褒められ、何処か素直に心に通らないものの、複雑な面持ちながら声を張って笑った。店に出せるレベルのイタリアンを作れるだけでもかなりのスキルだが、本人は至って謙虚だ。





「――あの~……俺は……その…………。」





 ヨウヘイは、とても居心地が悪そうに弱々しく声を出す。





 マユが振り向いてヨウヘイを暫し、じーっと見つめるが…………やがて何処か上の空のような、気の無い面持ちで天を仰ぐ。





「――ふ~む……ヨウヘイ……ヨウヘイ、ねえ。さっきまで研究所で必死に戦ってくれたことは凄く評価するし、感謝しているんでありんすが……」





「そ、そうだろそうだろ!?」





「――――でも、ここの店で特別何か出来ること、ありんすか? 創作料理とか、インテリアの工夫とか、何か食事以外のサービスとか。」






 マユはさすがに企業の代表だけあって、幾らか瞬時にアイデアとして浮かぶ純喫茶でやっていそうな創意工夫は無いのか、とヨウヘイに問う。






「――えっ……え~……そりゃあ…………まだ特に……何も…………。」






 子供が自分の出来ていない所を大人に咎められている時のつらそうな顔をして口ごもるヨウヘイ。





「ふーん…………まあ、このお店へ行くきっかけを作ってくれただけでも少しは感謝はしんすけど…………。」





 マユは、ゆっくり首を傾げながら言う。






「――――そう……何て言うか……その――――頑張っておくんなんし?」






「――――ぐふぅッ…………!!」






 ――悪気なく、そのまま涼しい顔でイタリアンとコーヒーを楽しむマユ。膝から崩れ落ちて露骨に落ち込むヨウヘイ。






 ヨウヘイの心は、プライドはへし折られた。それも、誰かがちょっと小突くだけで簡単に折れるような脆いプライドに過ぎなかった。






 されど、ほんの数日前まで「バイトとして給料を貰う程度に惰性で過ごせていればいいや」と思っていたヨウヘイにとっては、そのプライドが水に溺れそうな時にしがみつきたくなるいかだほどに大切なプライドであった。






「――ニャハハハハッ!! せっかく常連さんになってくれそうな大事なお客サンに、そうも言われるト、立つ瀬が何処にもナイデース!! これは、ボクがこのお店の一番の従業員になるのモ時間の問題デースネ!!」






 ――店にとっては頼りになる、されどヨウヘイにとっては目の上のたん瘤であるペコは高らかに笑う。現時点ではぐうの音も出ないだろう。





「――こっちも客商売だ。客がペコの方が良いってんならしゃあねえ。後輩の方が優秀なこともそらあるだろうよ。あんまくよくよ落ち込むんじゃあ――――」





「――――いや。決めたぜ、おっちゃん。いや。マスター――――。」





「――――お?」






 ――ほんの前日までの、カジタとヨウヘイだけで切り盛りしていた、ある意味温室のように穏やかな店ならヨウヘイも向上心を持てなかっただろう。






 だが、鼻持ちならない後輩の存在と、新たに常連となってくれたアリノ、そしてマユの存在。特にマユは極めて重い悲願を為さんとする組織の長であり、自分を貧困から助け出してくれるかもしれない貴重な存在だ。






 悪党や怪人どもを打ち倒すことに比べれば小さなことかもしれないが、とうとうヨウヘイは戦闘以外でその心根に火が付いた――――





「――――やってやるぜ。俺ももっとここの従業員として、もっと出来るようになってやるぜ! マスターから学ぶコーヒーは勿論……ペコのイタリアンもな!! 何だって身に付けてやるぜ…………!!」






「――お、おいおい……」





「――エーッ!? ボクのイタリアンって……ボクに教えろって言うんデースカ~!? 嫌デスヨー! 給料がそんなに変わるわけでもないシ――――」





「――給料、おめえの方が高くてもいいぜ。シフトも、なるべく俺の方が長く働く。」





「――エッ、えええ…………?」





「おめえだってほんのちょっと前まで路頭に迷ってたんだ。ルームシェアしてるとはいえ金にはなんだかんだ苦労してんだろ? だから給料は当分おめえが上でいい。今現在のナンバーワン従業員はおめえだ。その代わり、空いた時間にイタリアンを一から教えろ。『御講義代金』はこれできっちりと払ったぜ。文句ねえよな……?」





「――給料……ウムム…………。」






 ――思いもかけずヨウヘイがやる気を出すので驚いているのもそうだが、実際、お金に困っているのはペコも事実だった。破格の待遇に断り切れない。





「――そりゃあ見上げた心掛けだぜ。もっかい、基礎から叩き直さねえとなあ。優秀な店員が増えるなら店としてはそれに越したこたあねえ。おめえもそれでいいだろ、ペコ?」





 ヨウヘイの一歩成長を見て、カジタは嬉しそうに呟き、ペコの肩をポンポンと叩く。





「――ムム…………ワカリマーシタ。教えられることは全て教えマース。会得出来るかは……話が別デースけどネ!」






「上等だぜ。」






 横でさほど興味無さそうに聞いていたマユが、声を掛けて来た。






「――ヨウヘイ、ペコとルームシェアしてるんでありんすか?」





「――ん? そうだけど。」





「オトコ同士で、ベッドも足りないから同じで……?」





「いや、そりゃオトコ同士だけど、そんな深い意味は――――」





 ――マユは遠くを見るように呟く。





「――――まあ……今の世の中、そういうことにはもっと寛容になるべきでありんすよねえ…………オトコでもオンナでも所内でそういう人いるし。ペコ、なかなかカワイイでありんすし…………。」






「――だから違うってそんなんじゃあないってえええええええ」






 ――決意表明したのも束の間、あらぬ方向に誤解を受けそうで狼狽するヨウヘイ。






「――あっ。そうだ。今日の仕事……危険を承知で働いてくれてありがとうござりんした。給料を渡しんす。インスタント・センド・マネーとあと現金手渡しで。」






「喜んで受け取ります、社長ぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」





 ――マユから大枚の給料の受け取りで、ヨウヘイは誤解を解く為に取り出した自らの矛をあっさりと引っ込めて、忠犬のように従った――――

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