第27話 気まぐれに

 ――――ペコがマユという美人を前につい大胆なアプローチをしてしまったが、取り敢えずヨウヘイの手引きでマユとアリノにはカウンター席に座ってもらった。





「――イヤ~、申し訳ないデース。祖国にいた頃から女性は積極的に口説いて大事にするものッテいうのが常識なモノデ~。」




 ペコは他の客を差し置いて過ぎた接客の仕方をしてしまったことを頭をポリポリと掻きながら詫びる。だが心の底から悪いとまでは思ってないようだ。





「――なるほど……昨日の今日でアルバイト店員が増えたのでありんすね。何と言うか、ファッションセンスは随分ユニセックスでありんす。中身はイタリア男らしいけど、変わった後輩でありんすね、ヨウヘイ。」




「――そう見えるだろ~? 確かに女にゃ優しいかもしんねえけど、来て早々、俺にとっちゃあクソ生意気な後輩だよ。強制的にルームシェアさせられた上に、ベッドも取られちまった……。」





「ペコから聞いてるだろうが、イタリアからこいつの寝具が届くまでの辛抱だ、ヨウヘイ。許してやれって。」





 相変わらず、マイペースな上に根性の悪いペコに対しては『気に入らない』といった憮然とした反応をしてしまうヨウヘイ。日ノ本に来るなり路頭に迷い、祖国でも何か苦労があったことは事情として理解出来そうなのだが……それでもペコに対して温和に接するほどの思い遣りや精神的な余裕はまだヨウヘイには欠けていた。ペコ自身も穿った振る舞いをするので、尚更のことだ。





「……まあいい。わっちはここのコーヒーが気に入って通うことに決めたんで。マスター。昨日と同じ自家製ブレンドコーヒーをしとつ、お願いしんす。」





「コーヒーか。そういえば最近飲んだこと無かったな。俺も同じものを頼む。」





「あいよー。」





 カジタが了解して、コーヒーを淹れようとする。






「――ムムッ? そうダ。閃いた…………。」





 突然、何やらペコが目の色を変えて独り言を呟く。





「――マスター! せっかくダカラ、ヨウヘイ先輩に振る舞ってもらいまショウ! バイト先の上司と、その同僚サン……? ですよネ?」





「俺か? 本職は別だが……まあ、今日からそういうことになるだろうな。」





 話題に上ってなかったアリノにも確認するように訊き、続ける。





「――デスネ!! だったらマスターでなく、先輩に淹れてもらうまショウ!! ウチの看板メニューのコーヒーは先輩の発明なんでショ!?」





「――えっ? ……あっ…………。」





「――ちっ。全くよお…………。」





 ――俄かにヨウヘイとカジタに冷や汗が滑り落ちる。





 それは言わずもがな。この店のコーヒーを発明したのはヨウヘイなどというのは、カジタの一時しのぎの嘘だったからだ。






「――へえ。それは楽しみでありんすね。本家本元の自家製ブレンドコーヒーが味わえるでありんす。」





「そうなのか? まあ俺は茶の一杯でも飲めればそれでいいが。」





 アリノは特に気にしないが、マユはどこか期待するような含み笑いでヨウヘイを見つめて来る。





「――あーっと…………そ、それはですねえ……ヒビキ所長。なんつーか――――」






 ――まずい。ただでさえどこか軽く見られている節があるのに、益々ボロが出てしまう――――ヨウヘイもカジタも必死に頭脳を回転させて誤魔化す言葉を探すが――――





「――ふっ。ははははは…………。」





「――な、何だよ…………。」





 突然、マユは吹き出し、笑い出した。





 一頻り笑ったあと、にこやかに微笑む。今までで初めて見る、マユの砕けた表情だと一瞬ヨウヘイは思った。






「――冗談でありんす。ここのコーヒーをヨウヘイが編み出したものじゃあないってことくらいは、最初から解っていたぇ。あの時、わっちの機嫌を取る為にマスターが気を利かせてくれた。そうでありんすね、マスター?」





「――えっ。マジか……」





「――へいへい。若いモン同士、少しでも良い空気で過ごして欲しいと思って、老婆心ながら下手な嘘をつきやした。面目次第もございません。」





 ――とうとう、カジタも白状した。





 コーヒーの件は、最初からマユはお見通しだったようだ。





「――え……は……? だったら、何であの時、知らないフリなんかしたんだよ? 検査が終わった後も、『コーヒー楽しみにしてる』とか言って来たしよぉ……?」






「――さて、ねえ? わっちにもそこんところ、よくわかりんせん。何となく気まぐれで、そう言いたくなりんした。」





 ――冗談ひとつ言わなそうなマユだったが、今は不思議と、随分と柔らかい態度で接してくるようになった。





 悪の根城を初探索出来たことの喜びと、ヨウヘイの活躍ぶり、さらには新たにアリノというヒーローが加わったという存外の成果。その嬉しさというか、安堵であろうか。





「……ま、険悪なムードにならんなら良かったわ。じゃあ改めてコーヒーお持ちしますよっと……」





「――ちぇっ……まあイイカ。先輩のバイト先の上司! ……と、同僚サンならサービスしなキャ! 特別にボクのイタリアンを振る舞いマース!!」





 ――ペコは、やはりヨウヘイの面目を潰す為にけしかけたつもりだったようだが、思ったほど効果が無かったことに舌打ちしながらも、得意のコーヒーによく合うイタ飯を振る舞うことにした――――





 

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