第29話 養父代わりと社長

「――――いいでありんすか? アプリはインストールしんしたかぇ?」




「OKOK。異常なしだぜ。」




「ではぁ、行くでありんす。この現金をアプリ内のカメラから読み取って……金額を入力する。読み取りスタンバイが終了すると――――」




 ――マユが用意し、携帯端末が読み取ったお金は、一瞬蛍光色の光を放って、消えた。





「――そいで、送り先をリストから指定して、完了。そちらに『受取準備完了』のポップアップは出ているでありんしょう?」





「ああ。出ているぜ。これをOKすりゃあいいのか?」





「左様でありんす。やってみて。」





 ヨウヘイは長らく買い換えていない機種の、やや汚れた携帯端末の画面を見遣り、『OK』の表示に指で触れる。





「――受取承諾。お手持ちの端末の10㎝ほど下で受け取ってください。」





 画面にそう表記され、カメラ機能が起動し、ヨウヘイの手元が映し出される。画面の中央に照準があり、その範囲内に手を翳すらしい。





 照準の範囲内に手を収め、照準の枠が黄色く光る。





「――うおっ!! ……へえ~……マジで来たぜ~!!」






 ヨウヘイの手元に一瞬、先程のマユの手元と同じ蛍光色の光が放たれ、俄かに熱を感じた。






 光が収まると、ヨウヘイの手元には送付されてきた給料が握られていた。





「――これが、我がHIBIKI先端工学研究所の発明のひとつのインスタント・センド・マネーでありんす。見ての通り急な要り用になった時に一瞬で現金を送ることが出来る。……まあ、それでもセキュリティ管理の問題はまだあるし、電子マネーを送る方が手間もかかりにくいんでありんすが。まだまだ現金からキャッシュレスに移行することに抵抗のある人にお薦めのアプリケーションでありんす。」





「ひい、ふう、みい、よお…………おっほーっ!! 今回は130000円もあるぜ!! やったぜ!!」





 初めての敵地探索を大幅に加味してか、前回の検査よりも遙かに高額な給料。ヨウヘイはお金を一頻り眺めて悦に浸ったのち、速やかに財布に仕舞って小躍りする。





「それから…………それとは別口にこれを…………。」





「――えっ? マジ?」






 ――何と、マユは今渡したものとは別に、鞄からさらにお金を取り出し、ヨウヘイに差し出す。






「――――こちは、危険を承知で挑み、さらに『成果』を挙げて見せた手当。ボーナスのようなもんでありんす。今後もよろしくお願いしんす。」






 ――インスタント・センド・マネーを用いず直に『ボーナス』を渡してきた。その実50000円。たった今受け取った給料と足せば180000円もの収入である。






「――え。ホントに良いのかよ……? なんか、悪いな。」






「……ウチの店の給料より断然高えな…………危険を承知とか言ってるし、ヨウヘイ。なんかおめえ危ないバイトでもやってんじゃああるめえな…………?」





「――え。そりゃあ――――」






「――マスターさん。確かにわっちらのアルバイト社員になってもらって日は僅か、でもカネシロ=ヨウヘイさんはえらいよく働いてくれていんす。高所のビルメンテナンスから害虫駆除。破損個所の修繕や重い荷物を運ぶ肉体労働。予想以上の働きぶりにわっちらも感激でありんす。これくらいは当然でありんす。心配しないで。」






「…………そんなこと出来るほどこいつに、んな勇気やスキルあったっけ? う~む…………。」






 ――――仮にもヨウヘイの親代わりとして親愛を注いでいるカジタ。危険な仕事をさせられているのでは、と訝しんでしまう。






 まさか、ヨウヘイが正義のヒーロー・リッチマンとして危険を顧みず悪と戦っていたとか、その悪の巣食う人外魔境の根城へ潜っているなど考えもしないのではないだろうか。






 ヨウヘイは一瞬、どう誤魔化したものか焦ったが、意外にもカジタはすんなり頷きこう言った。





「――まあ、化け物が暴れてる街へ飛び出して行って娘さんを助け出して来たりするくれえだし、なんだかんだで勇気はあったよな。俺が盲信しているだけで、本当はヨウヘイにはもっと色んなことがこなせる可能性の芽があったのかもしれねえ。だとしたら、俺ぁ不甲斐ねえなあ。身近にいる若者も碌に見てやれてなかったとはよ。」






「――そうでありんす。そうそう。察するに、ヨウヘイはあまり外の世界に出ない、何処か世間知らずな点がありんしょう? ですが、充分に働けるだけの素質がありんす。それも、これからまだまだ伸びると見た。社長であるわっちが保証しんす。」






 ――カジタを安心させる為、やや過分な評価を口にして納得させるマユ。その時のマユはいつものクールで陰のある顔つきではなく、まさに取引先と交渉するようなビジネスライクな笑みを浮かべて日向のように明るいトーンの声で話していた。カジタはそれを知る由も無いが、これもヨウヘイに協力し続けてもらう為だ。






「……わかったよ。そういやあ、ちゃんと娘さん……いや社長さんとは挨拶してなかったな。確か、ヒビキ=マユさんっつったか。まだまだ子供っぽくて危なっかしいと思うが、ヨウヘイをよろしく頼む。」





「――ええ。もちろん。こちらとしても今後ヨウヘイさんを頼りにさせていただきます。美味しいコーヒーを頂きに、重ね重ねお邪魔しんす。」





 ――ヨウヘイの養父……のような者と、アルバイト先との恭しい挨拶も済んだ。





 それからしばらくの間。ヨウヘイとカジタ、ペコは店の仕事と接客をし、マユとアリノは暫しコーヒーとイタリアンを喫食して寛いでいった。





 ――――マユは、「後で説明するから」とカジタに聴こえないように隣のカウンター席のアリノに小声で話し「自分たちがヒーローとして怪物退治をしていることは他の誰にも言わないで」と告げておいた。





 元々口数の少ないと見えるアリノだが、マユの含みある言葉に「わかった」と素直に口を噤むことにした――――

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