第14話 朝の準備

「――もう来やがったか…………。」




 ヨウヘイが寝るのに慣れないソファーから目を醒まし、窓から朝の陽光を受けながら携帯端末を起動すると、朝一番でメッセージアプリにマユからの連絡が入っていた。





『おはようございます。昨日は色々とありがとうございました。そして、早速なのですが、悪の根城のほんの表層部程度ですが、乗り込んで叩く準備が調いました。貴方の任意のタイミングで構いませんが、これは早めに実行に移しておかないと先に進めません。なるべく早く、研究所に来てくれると助かります。それではよろしく。響マユより。』





 ――普段廓言葉で喋るマユだが、さすがに文面は別らしい。やや砕けた感じの標準語でメッセージを送ってきている。





 ――たった1日過ぎたばかりだというのに、もう敵の根城へ乗り込んで欲しいというマユの文面越しの態度に、昨日会ったばかりだが彼女の思い詰めた顔が目に浮かんできた。





「……しゃあねえ。行くか…………ちょうど店もシフト制にしたんだし、昼間はペコに任せっかな……」





 何気なく独り言を呟いたが、すぐ近くの洗面台で顔を洗う為に起きたばかりのペコにも聴こえていた。





「――むあ~……オハヨウゴザイマ~ス、ヨウヘイセンパーイ……シフトって、早速ボク朝からバイトデースか~……? まあ、構いまセーンケド~……。誰と遣り取りシテるんデスカ~?」





「ああ……おはよう、ペコ。おめえには言ってなかったっけか? 俺、今日からバイト掛け持ちなんだよ。この近くの研究所のマユって女と――――」





「――――なニャッ!? オンナ!? オンナのヒト!?」






 ――『女』という言葉に飛び上がって反応するペコ。眠気が一気に醒めたように見える。ヨウヘイは仮にも自分のヒーローとしての正体に関わる相手。『しまった』と思って表情をびくつかせてしまう。





 すきっ歯の状態にも構わず、小走りでヨウヘイに詰め寄るペコ。






「――研究所の女の人ッテ! ヨウヘイセンパイどう見てもチェリーボーイにしか見えナイのに、彼女サンいるんデースカ!? その人美女なんデースカ!? リケジョガールデースカ!?」





「――むむ……デースカデースカうるせえよ…………俺の新しいバイト先の……そうだな、上司だよ。まあ…………美人は、美人かもな? 彼女ってわけじゃあねえが……だがおめえには関係ねえ。教える必要なんかねえよ。」





 ――女性を積極的に愛するのが風習のイタリア男とはいえ、女性の存在ひとつでここまであからさまに活発になるペコも大概なものである。ヒーローに関わることを秘密にしたいのも当然だが、ヨウヘイは昨日の意趣返しとばかりに携帯端末はもう仕舞い、意地の悪い顔をして梯子から1階へ降りて行った。





「――ヌヌヌ~っ……いつかその人紹介お願いシマースヨ!! こうなったら、店の接客サービスは何が何でもスマートに覚えて見せマースッ!!」





 ペコはペコで奮起し、慌てて洗面台で顔を洗って身だしなみを整えに入った。





「――おう。起きたな、ヨウヘイ。ただでさえ狭え屋根裏部屋にペコまで押し込んじまってすまねえな…………昨日のおめえらの険悪ぶり見ると不安だらけだが……やっていけそうか?」





「おはよう、おっちゃん。クソ生意気な後輩を受け入れちまったもんだぜ。あいつ、他に行くアテないんだろ? なんかイタリアにいた頃から事情あるみてえだし…………いいよ。俺の一存で放り出すわけにもいかねえ。それより、シフトなんだけどよ――――」





 ――ヨウヘイは先程確認したマユからの連絡のことをかいつまんで説明し、今日のところは昼間は休みにして欲しい旨を告げた。





「――そうか……まあ新しいバイト先が大手の研究所と来たら、そりゃあこんなちっこい喫茶店のバイト代よりそっちに傾くわな……」





「――おい、おっちゃん。俺はそんなつもりじゃあ――――」





「いいってことよ。確かに出来れば店の仕事のイロハはちゃんとおめえにも身に付けて欲しいのが本音だが…………俺なりの一番の望みは、おめえにもっと経済的にも社会人としても自立して欲しいことだ。無理にウチに縛り付けるつもりもねえよ。」






「……だから、おっちゃんよお~……そんなんじゃあねえって…………。」





 ――ヨウヘイは、羽振りの良いバイト先を見付けられて嬉しいのも事実だったが、カジタのやや卑屈とも取れる親心に胸が痛んだ。恩を仇で返すつもりなど微塵も無い。ヨウヘイは弁明しようとする。





「――いいからいいから、ほれ! 行って来い行って来い! 俺だって別に恨んだり拗ねてるわけじゃあねえんだよ。幸い、バイト従業員は2人目が来たばっかだしな。遠慮なく行って来い。」





「おっちゃん…………。」





 ――この師匠と弟子。というより養父と養子のような2人は2人とも、どこかぶっきらぼうで人とのコミュニケーションに鈍なところが出てしまうようだ。共に過ごした時間の長さゆえだろうか。





「――わかったよ。早速行ってくる。けどよ、おっちゃん。」





「……ん? なんだ?」





 ――ヨウヘイは玄関の扉を開けながら振り向き、告げる。





「――――もし早めに戻ってきたら……俺にコーヒーの淹れ方のイロハ。改めて教えてくれよ。バイト先の姉さんにも振る舞うって約束しちまったし、な――――。」






 そう言って、彼は研究所へと向かっていった。






「――――ったく……いつもいつも格好つけようとしやがって。ええ格好しいが…………。」





 ――だが、1分もしないうちに引き返してきたようだ。再び玄関扉の鈴が鳴る。





「――どうした? 忘れもんか?」






 ――ヨウヘイは実に決まりが悪そうに、昨日までと同じ情けない顔で言った。





「――――ごめん。朝飯まだだったわ。食ってから行くわ。あっ、コーヒーも水筒に入れてくから……節約節約っと……」





 ――そこへ、ちょうどバイト店員として準備万端調ったペコが屋根裏部屋から降りて来た。既にエプロンをしている。





「――ボンジョールノ、マスター!! 朝ごはんデスヨネ? すぐに作りマース! ヨウヘイセンパイも味わうことを許しマースヨ。しっかり栄養付けてくれナイと、バイト先の美人に失礼な仕事ぶりニナルカモデスからネ!?」





 ――カジタはよろめいた拍子にカウンター席にどすん、と座り、大きく溜め息を吐いた。そういえばまだ開店時間前だ。





 3人は朝食としてペコのイタ飯を味わってから活動することにした――――

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