第13話 訳アリ居候×2

「――――ふーっ……今日はマジで色々あったなあ~…………。」





 ――ヨウヘイは1日の終わりを前にして、ただヒーローとして悪者退治をするものとは違う時間を過ごしたことにひと際大きく溜め息を吐いた。





 街に襲い掛かった怪人退治。リッチマンの正体をマユに見られる。言い逃れ出来ずマユに事情を説明し、マユの研究に協力をせがまれ、アルバイト職員になったのち様々な検査。そして帰ってくる頃には、ヨウヘイにとっては生意気に過ぎる、それでいて目の上の瘤のように突然店と我が家にやってきたペスコ=コーシャ。





 これからの日常が劇的に変化しそうな予感に、一先ず近所の銭湯の湯に浸かり、安息しようとする。





 だがしかし――――





「――へえーっ、ヒノモトの銭湯って意外と清潔なんデスネ! この薬湯も良い香りデス~……ナニカの果実系デスカ? 料理に応用できるカナ~……。」





 ――店には風呂場はなく、カジタも入浴する時間帯が違うので……その『目の上の瘤』であるペスコ、愛称曰くペコと共に銭湯に入ることになってしまった。





 肉体的にはこの銭湯の薬湯はとても効くのだが、『仕事を奪い取りに来る』とまで言ってきた後輩が一緒に入るとなるとどうにも落ち着かない。





「…………一応聞くけどよ……おめえ、本当に男なんだよな?」





 ――脱衣所でも、ペコの衣服は、下着類に至るまでほぼ女物のようだった。「もし女だったらどうしよう」などとヨウヘイはドキマギしながら、あまりペコの方に目を向けられないでいた。





「そうデスヨー!! 男湯に入ったんダカラ、男に決まってるじゃあないデスカー。アッ…………もしかシテ――――オトコをかわいがるシュミ、ありマス? 協力しマスヨ……?」





 ペコは、扇情的な表情とポーズを取って、ヨウヘイにアプローチして来た。だが、紛れもなく薬湯越しに見えるペコの肢体は『男性のシンボル』がちゃんとあった。





 擦り寄るペコに、反射的に湯飛沫を上げて顔を真っ赤にしてヨウヘイは叫ぶ。





「――要らんわああああッ!! この男色イタ飯野郎がアアアアッ!!」





「――うわっぷ! ハハハ……冗談デースヨ。ボクは確かに女性的なファッションしてマスが、恋愛も性愛も対象は飽くまでもオンナの人デース。っていうカ、イタリア男がオンナに目もくれずにオトコに走るなんて、ソッチ系でもないのに軟弱者過ぎマース。」





 ヨウヘイから湯飛沫を浴びて少々怯みつつも、冗談だと言う。赤面しながらも、少し胸を撫でおろすヨウヘイ。





 だが、今度はペコの方が俯いてしまった。何か、嫌な事でも思い出したのだろうか。





「――なんだよ? いきなりしおらしくなりやがって。」





「……イエ……『軟弱者』…………セックスに関しては自分でそうは思わナーイデスが……祖国ではボクは本当に軟弱者……イヤ、『落ちこぼれ』ダッターのデス。」





 ――急に、何やら過去を思い出しているのか、ペコは落ち込んでしまった。





 ヨウヘイは先ほどの遣り取りでペコを生意気な後輩だと思った。それは依然変わりないが、近くで落ち込んでいる人を見て喜べるほど性根が腐ってはいなかった。






「……祖国? イタリアでか? そういや、料理学校に通ったって言ったよな。なんでわざわざ日ノ本に来たんだよ……?」





「――それは…………。」





 ――ペコは、そのまま俯き、湯に映り込んだ自分の頭の影を見つめるばかりで、黙り込んでしまった。





「……何があったんだか。まあ、ウチみたいな小さな喫茶店に来るぐらいだから、おめえも相当困ってんだろうな。言いにくいようなら訊かねえよ。過去の話だろ? 大事なのはこれから……って偉い人が良く言うじゃあねえか。」





「――――過去の話…………大事なのはこれから――――。」





 ヨウヘイは何気なく言葉をかけただけだが、やがてペコは顔を上げて、ヨウヘイに向けて微笑んだ。





「……そうデース。過去は過去。大事なノハ今デス! 今! 今!! 日ノ本の料理は祖国の料理人も一目置くほどのものデース。ボクはその技を知りに来た。それだけデースヨ!!」





 ――ペコは笑ってそう流した。だが、ヨウヘイの目にも、それはどこか空元気に振る舞っているようにも感じられた。






 無理もない。まだ出会って1日と経っていないのだから。互いを知るには時間とコミュニケーションが不足している。






 そのまま2人はとりとめのない程度の会話を少し交わしたのち、身体を洗って銭湯をあとにし、店の屋根裏部屋へと帰った。






 ――――そう。『2人で』帰って来たのだ――――






「――――やっと色々あった1日が終わって、寝れると思ったのによお――――なんでおめえがこっちにも来るんだよ!? しかも俺のベッド勝手に使ってェ!?」





 ――ペコは、さも当然のように寝間着に着替え、しかし本来ヨウヘイが使っていたベッドを占領している。





「エ? マスターが言ってマシタヨ? 屋根裏部屋使っていいッテ。男同士だから問題ないだろって。」





 ――ヨウヘイは眉間に手を当てて頭痛を抑える。同時にさっきしおらしく振る舞っていたペコに優しい言葉を掛けたことを少し後悔した。





「……百歩譲って、おめえとルームシェアしてやるのは許してやるよ。でも……せめてソファー! ソファーな!? そこぁ俺の塒だし、俺の寝起きしてるベッドなんだぜ? ちったあ遠慮しろよ、な!?」





 ヨウヘイは、ベッドより幾分か離れた処にある革張りのソファーをバンバンとはたき、ペコに促す。




「――エーっ、無理デスヨ。ムリムリ。ボクの寝具が遅れてイターリアから届くまでは、ソファーじゃあ眠れないデース。我慢してくだサーイ。」





「俺が寝れんわッ!! ったくよお……後輩だからって何でもまかり通ると思ったら――――」





「ダイジョブデスヨー! ヨウヘイ先輩が外出している間に、代わりにボクがこの殺風景な屋根裏部屋を綺麗に飾り付けてアゲマース! ギブアンドテイクデスヨー。」






 ――一応、部屋を間借りする以上、礼はのちのちすると言うペコ。ヨウヘイはとうとう諦め、また溜め息を吐いた。





「――アッ! それとも~……一緒に添い寝シマスカ? ボク、あったかいデスヨー? イターリアにもいまシタ。男色を好むフジョシガールにサービスする程度のボディタッチなら、ボクは抵抗な――――」






「要らんっつってんだろうがあああああああッッ!!」






 ――――結局、その日はヨウヘイの方がソファーに申し訳程度の毛布を被って寝ることになった。ベッドからペコが意地の悪い顔をしながら20回ほど「ねえねえ。カノジョとかイマス~?」と訊いてきて、その度にヨウヘイはイラっと来るのだった――――

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