第12話 愛らしき侵略者・ペコ

 ――ペスコ=コーシャと名乗ったイタリアから来た顔にそばかすが吹いている青年。本人曰く、愛称・ペコ。ヨーロッパ圏の人にしては特別背は低く、声も高いので……加えて独特のセンスが炸裂しているファッションは全体的に女性的なので男だと言われなければ青年というより、少女か精々美少年のようにしか見えなかった。




 頭を上げて、ヨウヘイににこやかに微笑んだ――――だが、歯を見せて笑った時、何故か上顎の前歯が無いことに気付いた。すきっ歯だ――――ペコも自分で気付いたのか、突然慌てた素振りを見せる。





「――オワットォ!! いけナイいけナイ…………歯を差すのを忘れてまシタ……」




 ペコは慌てて傍に置いてある鞄から、ケースに入った差し歯を取り出し、前歯の空間に取り付けた。





「にひひ~。失礼しまーシタ。これが本来のボクの顔デースヨ!!」





 カジタは、ヨウヘイに対し腕組みをして厳めしく告げる。





「――見た目は女っぽいが、ペコはなかなかにすげえぞ。まだ19歳だってのに、本場イタリアの高級レストランにも引けを取らねえほどイタ飯が上手え。元々祖国の料理学校で修行してたんだとよ。日ノ本に来た理由は料理人としての武者修行が半分。そんで……国を出たもんの路頭に迷いかけてたんで、ウチで引き取ることになったのが半分。そして何より――――おめえよりコーヒーの淹れ方が上手え。おめえの頑張りに落ち度があるって日にゃあ…………おめえより待遇の良い従業員になっちまうのも時間の問題だぜ? 特に給料はな……」





「――――な、な、なな、な…………!!」





 ――喫茶店のアルバイトとして惰性に過ごしていれば何とかなると思っていたヨウヘイにとって寝耳に水。後から来たよくわからない後輩に仕事を奪われる恐れが出て来た。





「――なんてこった…………狭くて小さいながらも、この店と屋根裏部屋は…………俺にとって選ばれし安息のエデンだと思ってたのに――――こんな女装趣味の外国人風情に盗られちまうのかっ…………!!」






 ――――そして、どうやらこのペコという青年はそのつもりでいるようだ。





「――女装ではありまセーン!! ボクのこのファッションは…………ボク自身が最も自分らしく、自然体でいられる証。同時に出逢う全ての人々に対する『愛の伝え方』なのデース! ボクという美しき愛の結晶が……このお店に寛ぎに来るお客様を幸せにしマース!! どこかのコーヒーの淹れ方も成ってない、ビビると若干ナヨる、落ち込むと中二病っぽい言葉が出て来る先輩とは違うのデースヨ?」





 ――どうやら彼の一見女装に見える出で立ちは、彼なりの独特の感性からなる他人への愛情表現の一環らしい。と同時に、ややナルシスト気味である。おまけになかなか意地の悪い、腹黒い一面もあるのか、先輩であるヨウヘイに詰め寄り、煽りに行く。





「おいコラ、おめえら……会ったばかりなのに喧嘩してんじゃあねえよ…………これから一緒に働く従業員だろうがよ。愛想振りまけとまでは言わねえが、少しは仲良くしろい。」





「――アッ、マスター。申し訳ございまセーン……目の前の先輩というハードルがあまりにも低いんで、つい上からになっちゃいマスー。ふくくくく……」




 ――突然の自分の塒を荒らされているような感覚にヨウヘイは露骨に不快に感じ、激昂して声を荒らげる。




「――てっめえ、いきなり来てから好き勝手言いやがってぇ!! 確かに俺は……そんなに役に立たねえかもしれねえけどよ…………先輩への礼儀とか尊敬とかあるだろうがァ!?」






「にひひひひ……アッ、そうだそうだ。イタリアから来て、お近付きの印にピッツァを作ったんデス。カネシロ=ヨウヘイ先輩でしたッケ? 貴方もどうゾ~。」





 ペコは、カウンター席に置かれている……恐らく先にカジタが味わったであろうイタリア料理が詰め込まれたタッパーからピザを取り出し、ヨウヘイに差し出す。





 ヨウヘイは乱暴に奪い取って啖呵を切る。





「――上等だア、コラア!! これぁ、ピザか!? 俺が先輩従業員としててめえの料理なんぞ、井の中の蛙と裁きを下してやるぜッ!!」





「裁くな、裁くな。せめて品定めと言ってやれぃ……」





 ペコは黙って頭を左に傾け、含み笑いでヨウヘイの顔を見つめ、値踏みする。





「――へっ! 本場イタリアか何だか知らねえが、外国人は大抵日ノ本人と味覚が違うんだよ。特にピザなんて、日ノ本人の舌には脂っこいに決まって――――」





 ヨウヘイはそう言って乱暴に口にピザを突っ込むが――――





「――味なんかも濃すぎて――――美味えええええエエエエッ!? チーズの旨味が前面に出ているのに、絶妙に配したバジルなどの香辛料やトマトなどの果実類が口当たりのしつこさを抑えているウウウウ!! ウチの軽食より断然美味エエエッ――――ハッ!?」





 ――粋がるヨウヘイだったが、悲しいほどに素直な青年であった。頼まれてもいないのに、予想に反したあまりのピザの美味しさにハイテンションで無意識的に食リポをする始末だった。素直にペコの料理の実力を自ら認めてしまった!





「――ほらな? ペコが入ってくれりゃあ、ウチの創作料理にイタ飯が堂々と加わるぜ。」





「ふふふふふ~。ありがとうゴザイマス~。ヨウヘイセンパーイ。これから先輩の仕事を容赦なく奪い取りに行きますカラ――――楽しみにしててクダサイネ~? ふくくくく♡」





「――ぐぐぐぐぐ……ちっくしょう…………。」






 ――どうやらペコは華奢な見た目からのイメージに反して挑戦的で、特に敵やライバル、障害と認識した相手には容赦なく挑発しに行く気質のようだ。実にいい性格をしている。





 だが、そこでさすがにカジタが諫めに入った。





「――2人共、いい加減にしとけい! これから同じ職場の仲間だろうが。それにヨウヘイは別のバイトを掛け持ちするんだよな? ウチのバイトだけじゃあ得られるものも少ないってもんだ。他所様でもっと知見や経験を積んで来いよ。そうすりゃあ、ペコとも肩を並べるくれえにはなるだろ……今日はもう店仕舞いだ。2人共上がれ。いつも通り近くの銭湯でも行って来い!」





「……おう……ちっ。」

「ハーイ♪ くくくく。」





 ――もう営業時間も終わる。ヨウヘイはいつも行きつけの銭湯へと向かった――――

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