第8話 HIBIKI先進工学研究所

「――――ふあ~っ…………でっけえ建物だなあ…………。」




 ――店の駐車場に停めてあったマユの車でおよそ20分。ヨウヘイは想像以上の大きさがあるマユの仕事場、研究所に連れられた。





 建物は、科学系の施設らしく青を基調とした鉄骨で創られた人工的でクールな印象のビルだが、決して退廃的であるとか殺風景ではない。あちこちに花壇が設けられ、日光をよく取り込むように施工されており、特に目立つのがビルの高所に設けられたレトロなスタイルの大きな時計盤だ。知性的で清潔感のある良い空気感があった。





 傍らにはここの名前が刻まれている。





 『HIBIKI先進工学研究所』。





「――響……ヒビキ!? ってことはもしかして――!?」





「ん? そうでありんす。わっちがこなたの研究所の所長でありんすぇ。」





 ――何と、マユはまだ若い女性だがこの研究所を建てた代表であり所長だと言う。






「……マジかよ~……俺とそう歳変わらなさそうなのに、すっげえ勝ち組と負け組感が…………うぐぅ。」





 ――恐らく同年代と見えるマユ。車を縦横無尽に乗り回し、ひとつの企業の代表まで務めているという事実に、ヨウヘイは露骨にお金も才能も環境も『持つ者と持たざる者』として嫉妬してしまうのだった。当のマユはあまり気にしてないようだが。




「? 何をしてるの? 早く入りんしょう。」




 そう告げてヨウヘイの前を歩いて、マユは玄関の大きなドアを潜った。





 >>





「――いらっしゃいませ……あら、所長。今日は随分とゆっくりした出勤ですね。午前に休みでも取りました?」





 玄関を潜って真っ直ぐ進むと、受付と見られる女性に挨拶された。





 ここはある程度服装も自由らしい。ピンクの髪をして眼鏡を掛けた愛嬌のある受付嬢が、明るくマユに接する。





 ――受付嬢は俄かに少し惚けたように表情を崩して、頬に手を当てマユを睥睨する。





「……うふ♡ マユ所長、今日もナイスバディです~。いつ見ても素敵です……女性職員の憧れなの、知ってますか~?」





 女性としての美しさを素直に認めてか、或いはそれ以上の感情でもあるのか。受付嬢はやや猫なで声。心から慕っている様子だ。





「……すみんせん。もっと早く出勤するつもりでありんしたけど、怪人に襲われんした。」





 ――マユはさっきの災難をサラッと述べたが、受付嬢はショックで暫し凍り付き、思わず立ち上がって声を荒らげた。





「――ええっ!? だ、大丈夫でしたか!? まさか、さっきのV市C町で起こったっていう魔物騒ぎに――――!?」





 受付嬢は狼狽し、明らかにマユを心配している。





「……ええ。巻き込まれんした。でも見ての通り無傷でありんすぇ。遅れて申し訳ありんせん。」





 ――本当は生命が危うかったのに、マユは落ち着き過ぎているぐらい冷静に、受付嬢に素っ気なく返すだけだった。





 受付嬢は一旦落ち着いて座り直したが……見る間に険しい顔をして、マユの顔を睨んでいる。





「――――一先ず、ご無事で何よりでした。でも…………お気を付けください。もっとご自分の生命を大事になさってくださいよ。所長の事、大事に想っている人がどれだけ沢山いると思ってます?」





 ――どうやら、細かい経緯は解らないが……マユは普段から怪人が出た場所に飛び込むなど、無茶なことを繰り返していることが、受付嬢の反応で察せられる。後ろで遣り取りを聞いているヨウヘイも「やっぱどっか無茶してやがんだな……」と内心思ったのだった。受付嬢の心配ももっともだ。





「……おゆるしなんし。わっち1人の命ではないでありんすからぇ。職員みんなの為に生きなきゃ……。」





 どこか生き急いでいるヒビキ=マユ。やや卑屈そうに、深々と頭を下げ、髪を垂らす。





 ――受付嬢は「むぅ……」と不機嫌な顔をしたのち、大きく溜め息を吐いた。『解ってくれないなあ……』といった徒労感に苦笑いをする。





「――私1人に謝られても仕方ないですよー。次のミーティングの時でもお願いします。それで……そちらの方は?」




 不意にかぶりを振られ、こういう会社だとか研究所だとかフォーマルな場に慣れていないのもあるが、ヨウヘイは緊張した。




「――あっ、俺……カネシロ=ヨウヘイって言います。えーっと……なんつったらいいのか――――」





「彼はうちの非正規雇用のアルバイト社員として採用しんした。彼に職員証を発行してくんなまし。C型ぇ。」





 すぐにマユが所長としてヨウヘイを雇用する旨を簡潔に話した。受付嬢も平生のペースを何とか取り戻して、笑顔で対応する。





「C型ですね。わかりました~。」





 彼女はすぐに手元の端末のキーボードを叩き、傍にある立体プリンターのような装置から、プラスチック製のカードを出力した。





「こちらがC型職員証になります。当研究所内を歩く際は、これを首から提げてくださいねー。まあ、所長の仲介なら信頼出来る人のようですし、紛失したらすぐ再発行しますけどね~。」





 ヨウヘイは言われた通り、C型職員証を傍にあった帯付きの透明なカードケースに入れ、首から提げた。





「C型職員は副業OKで出勤時間もほぼ任意の緩い決まりですので、カネシロさんの御都合のいい時に働いてくださいね~。他の職員の人とも仲良くお願いしますよ~?」





 アルバイト社員扱いとはいえ随分と縛りの少ない内容に、「はえ~……」とヨウヘイは感嘆した。かなり職員に融通を利かせる、このご時世に珍しいホワイト企業のようだ。





「よし。まずは身体検査から始めんすよ。検査もわっち自らやりんす。こっちの医務室に来てくんなまし。」





 職員証を受け取り、まずは身体検査から始まった――――

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