第9話 身体検査

 ――――医務室にて、身長、体重、年齢、血液型などの基礎データを表に書きこみ、マユ自らヨウヘイの身体に何か異状は無いか診察し、カルテを作成している。




 次にマユは、ゴム手袋を嵌めながら準備をする。





「――よし。次は血液検査を行ないんす。採血しんすから袖を捲って腕を出してくんなまし。」





「――むう……注射、かあ。」





 ヨウヘイはマユの傍らの採血用の注射器を見て、少し眉を顰める。




「尖端恐怖症?」




「いや、それはねえよ。ただなあ――」




 針で刺されることのアレルギー的なものを尋ねるマユだったが、次にヨウヘイが言った顔をしかめる理由も意外だった。





「……昔、親知らずが生えて来たんで歯医者に行こうとしたんだけど……治療費をケチった親父に素手で無理矢理引っこ抜かれたことがあってよお…………痛みを伴う治療だとか検査だとかを受けると、その激痛と恐怖をちょいと思い出しちまうんだ…………いっくら貧乏だったからって、親父めええエエ――――」





 ヨウヘイは、俯きながらもあの世にいるであろう父に対し怒りを込めて恨めしく言った。




 ヨウヘイはヒーローとして人助けをしたり、父性を以て親らしく接してくれたことには息子として尊敬し、感謝しているが、極貧生活で不自由を味わうことになった点においては恨んでもいた。





「――そ、そうでありんすか…………それもまたつらい経験ぇ……チクッとする程度でありんすから、我慢をお願いしんす。」





「わかってるよ。これも治験とバイトの為だ。俺がヒーロー続ける為のな! へへっ。」





 >>





 それからさらに細かい検査を幾つか行なった。マユは検査結果とカルテを携えて、医務室に控えていたヨウヘイに声を掛ける。





「お待たせしんした。検査の結果、どこにも異状は見当たりんせんでありんした。健康体でありんすね。」





「おお、そりゃあマジか! 貧乏丸出しで生活習慣とか栄養バランスとか考える余裕も無かったから、健康状態は結構心配だったんだ。」




 ――さしずめ、人間ドック代わりにもなるマユからの身体検査。異状なしのお墨付きにヨウヘイは胸を撫でおろす。




「……本当は、ヒーローに変身……そして変身解除にあたって身体能力に急激な変化が起きているから、何かヒーロー化にあたってそのメカニズムを解明出来るかと期待してたんでありんすが、手掛かりなしでありんすね……」




 ヨウヘイにとっては健康体で万々歳だが、ヒーローの力の研究をしているマユにとっては手掛かりなしの空振りだった。顎に手を当てて考え込む。





「――例えば、ヒーローとして悪と戦う時に手傷を負うこともありんしょう?」





「ん? おう、そりゃあ、状況によっちゃあ敵からダメージ喰らうこともあるな。でも……そういやあ変身を解いた瞬間には大抵痛みも無く治ってるな……」






「その変身前→変身後→変身解除の時の治癒するメカニズムも何とか解明出来ないものか…………ふうむ。」





 ――その時、ヨウヘイは恐ろしい想像のあまり、身体を変に捩らせて恐縮した。





「――ま、まさか……身体検査にかこつけて、俺に大怪我負わせたり……しねえよな…………!?」





 ――マユは、カルテの備考メモ欄にボールペンで書き込みつつ答える。





「――ふむ。『ビビると若干身を捩らせてナヨる』……と。安心しなんし。そんな人権を知らん顔したような検査まではしんせんから…………まあいいか。次は奥の測定室で主に変身状態の検査をしんす。」





 ――通常時の身体検査を終え、次は変身状態の測定をするべく、研究所の奥の別室へと向かった――――





 >>





「――おお~……なんか、すっげえメカニカルな装置がいっぱいあんな~…………これぞ研究所ってやつか?」





「あちこち弄り回さないでくんなましよ。ここは本来、限られた職員しか入りんせん処でありんすから……。」





 ――本来入れない区画。それを示すように、あちこちにCマークを3つ重ねたような例の警戒エリアを表す標識があり、床も壁もまるでコンピューターのマザーボードを思わせるような緑色で配線や回路が張り巡らされている。一見オブジェのように見えるそこらじゅうに設置されている球状の物体も、何らかの測定装置だろうか。





 少し進んだあたりで、少々狭い検査室らしき部屋に通された。部屋の壁や天井には、様々な物理現象を感知するセンサー類なども大量に設置されているようだ。





 そこで徐にマユは、手元から10000円札を3枚、30000円現金を手渡してきた。





「――おっ? チップか何かか!?」





「そんなわけがないでありんしょう、馬鹿。これを使って変身してくんなまし。わっちは別室からモニターしんす。」





「冗談だよ。解ってる。でも、敵もいねえのにいつも通りやれっかな~……」





「変身出来なければそれはそれで仮説を立てる材料になりんす。じゃあ、スピーカーから声掛けて合図しんすからちょっと待ってて。」





 やや思い詰めている節のあるマユ。ヨウヘイの軽口もややキツい言葉でいなしてしまったが、ヨウヘイはそこまで気に病まずにマユから渡された現金とジャスティス・ストレージを交互に見遣った。





 ――待つこと3分。別室からマイクを伝ってスピーカーからマユの声がした。





「OK。取り敢えずいつも通り変身してみて。」





「……こういう状況、無かったからな~…………まあいい。やってみるわ。」





 ヨウヘイはいつも闘う前の変身時の緊張感をイメージしながら、10000円札を続けて3枚ストレージに投入し、頭上に掲げて叫んだ。





「――頼むぜえ!! ジャスティス・ストレージ…………変身だッ!!」





 ――敵もいなければ、生命の危険もまずない状況だが、変身出来るのだろうか――――

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