第7話 お互いの取引

「――――だってそうだろ? 『正義のヒーロー』だぜ? 滅茶苦茶カッコイイじゃあねえかよ!?」



 ――先程まで貧乏をしていて惨めな顔つきをしていたが、或いは暫しの現実逃避か。喜色満面でヨウヘイは雄弁に語り出した。




「俺は、高校も大学もろくに行けてねえ。資格試験も受けてねえし免許もまるで持ってねえ。出来るのはこの喫茶店のバイト君ぐらいだ。そんな落ちぶれていると言っちまっていい俺にでも…………『正義のヒーロー』として悪と戦えるんだぜ!! 初めてリッチマンに変身して、悪党をぶちのめして困った人を助けた時も……全身がシビれるほど興奮したぜ!! アニメや漫画でしか存在しないようなヒーローに俺もなれるんだよ!! そりゃあ、出来れば誰にも正体は明かしたくねえよ。ヒーローのお約束ってやつだぜ、へへっ!!」




 ――ヨウヘイは席を立ち、さっきまでのリッチマンのようには遠く及ばないが、シャドーボクシングで宙を打っている。実年齢25歳にしてはなかなか幼いはしゃぎようだ。




「……そ、そうでありんすか…………思ったより子供っぽいと言うか……純真に過ぎる動機でありんすね…………。」




 ――特撮やら何やらのヒーローの世界とは、少なくとも趣味的には縁遠いと見えるマユは、落ち着かない、どこかかわいそうな子供を見るように遠い目をしてヨウヘイを見遣った。




 だが、少しの間があって…………ヨウヘイはやはり憂鬱そうに脱力して溜め息を吐き、上体をだらりと垂らしたのちに席に座り直した。




「……はあ…………でも、ヒーロー続けるにゃ、金が要る。そんで、俺には金持ちなんて生活は程遠い。悪党と戦った時にたまに金目の物を拾えることもあるけど……ぶっちゃけ全然足りねえ。さっきの戦いで俺ぁ、完全に一文無しになっちまったし……こりゃあ、ヒーローやれても親父の二の舞かもなあ……いっそ…………もうこのジャスティス・ストレージは封印してヒーロー辞めるしかねえかな――――。」





 ヨウヘイは気付かなかったが、マユは何やら心の中で多くを考え、そして自分なりに何か得心がいったのか、頷いた。





「――ヒーロー……親父さんと2代で、悪と戦うヒーローを…………でも経済的に苦しい――――解りんした。ヨウヘイ……金代用幣カネシロヨウヘイ。あんたと取引したいことがありんす。」





「――へっ? ……取引…………?」





 ――マユのライトブルーの瞳は、とても切実で真剣な、強い目の輝きをしていた。





「実はアチキは…………この世界中のあちこちから湧き出て来る悪……魔物を打ち倒す研究をしている。アチキは――――『悪』が憎い。」





「え? ……お、おう……。」





 突然、切迫したマユの雰囲気に気圧されるヨウヘイ。彼女の強い目にはただの信念だけでなく――――言葉の通り、『悪』なる存在への憎悪すら見て取れた。





「実際にヒーロー……あんたが変身したリッチマンとやらの戦いぶりを見て、悪へと対抗する貴重な戦力になると思いんした。どうか――――アチキの研究の実験台になっておくんなんし。」





 マユは険しい顔つきのまま、恭しく頭を下げた。金色の美しく、しかし少々乱れた髪が、テーブルにしんなりと垂れ下がる。





「じ、実験台ぃ!? 俺にモルモットになれってのかよ!?」





 頭を上げてマユは続ける。





「――確かに、ヒーローの力を解き明かしたり、悪と戦ってもらう以上、何らかの苦痛を与えてしまうことはあるかも知れんせん。けれども、報酬はぬしの生活が困りんせんように、しっかりと払いんす。だから、メリットはお互いに大いにありんす。」





 マユは気持ちがやや高揚しているのか、手振りの動きがやや多くなっている。自分側のことを話す時は胸元へ手を当て、ヨウヘイ側のことを話す時は掌を下手に向ける。





「――ぬしはヒーローを続けながらも生活費が安定し、わっちは悪を討ち滅ぼせる。実験台とは言っても、治験と用心棒を兼ねるものとでも思ってくんなまし。悪は……今現在はこの世界の『地下深くから』無尽蔵に湧いてくる。チャンスは数多くある…………どうでありんすか? わっちに協力してはもらえないでありんしょうかぇ?」





 ――危険は伴うが、悪と戦う以上はある程度ヨウヘイ自身もとうに覚悟していたこと。目の前の廓言葉の女に協力すれば、貧困から脱してなお『正義のヒーロー』であり続けられる。





 実にwinwinな関係だとヨウヘイは感じた――――





「――――考えるまでもねえな!! 乗ったぜ、その話!! あんたの研究に協力すりゃあいいんだよな?」





 ――ヨウヘイの快諾に、普段からどこか思い詰めていると思われるマユの表情が、一瞬ぱあっ、と晴れやかなものになった。




「――ありがとうございんす!! 早速、研究所にご案内しんす。ああ、もうかなり遅刻でありんすぇ。」





 マユは改めて頭を垂れたのち、少しずつ飲んでいたコーヒーを飲み干して、すぐに席を立った。





「よっしゃ! …………っと、その前に……ちょっとだけ待ってくれ。外へ出るならおっちゃんに連絡しとかねえと…………。」





 ――ヨウヘイのような赤貧の苦労を味わう者でも、携帯端末は欠かせない。利用料金はカジタ持ちなのだが、些か古くなっている携帯端末に指を滑らせ、メッセージアプリでカジタに連絡する。





「えーっと……『さっきの姉さんの紹介で……新しいバイトを掛け持ちすることになった……今から、その人の仕事場、行ってくるわ』…………これで良しっと。」





 ――すると意外にも早く既読通知が付き、1分あまりで返信が返って来た。





「やたら早えな……『そうか。そりゃあラッキーなお誘いだな。まー寝惚けてメニューに無いプレミアムなんたらを頼まれるよりはマシだぜ。いい機会だから、やってみろや。今後はシフト制にしてやるよ。じゃあ後でな。』……か。よしっ。今度こそOKだぜ。」





 マユも頷く。




「――わかりんした。ではついてきてくんなまし――――。」





 そのまま2人は、ヒビキ=マユが通うと言う研究所へと向かった――――

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