第2話 廓言葉の女
――――開店して最初の客が妙齢の美女。どこか気だるげな雰囲気だが、スタイルが非常に良く、背中まで届く長い金髪で背は高く、ミニスカートから美脚を晒している。どことなく良い香りすらする。
「――おっ、お1人様でしたらカウンター席までどうぞ!!」
「……どうも。」
ヨウヘイは憂鬱な朝から美女に出逢えてオトコとしてもはや隠し切る冷静さなどあろうはずもなく、目の前のオンナに心が湧きたった。自然と笑顔で元気の良い接客になり、カウンター席まで案内する。
金髪の美女は顔立ちがどこか日ノ本人離れした、少し西洋的な美人だ。オトコもオンナも釘付けにしそうなミニスカートからのぞく美脚以外は機能的な印象の服装をしていた。胸も疑いようもなく大きく、かつスレンダーで引き締まった腹部は大胆にも
「――ふうん……純喫茶『RICH&POOR』……表の看板にあった、自家製ブレンドコーヒーをしとつ、お願いしんす。」
「……?」
「はいよー。ただいまお淹れしますよっと。」
カジタは普段通り客の注文を承諾し、手慣れた様子でコーヒーを淹れ始めたが、ヨウヘイは目の前の美女の喋り方が気になった。
「……あー……お姉さん、変わった方言ですね。何処から来られたんで……?」
――相手が美女でお近付きになりたいという下心も多少はあったが、半ば真面目に接客を試みるヨウヘイ。
「……元々はアメリカ生まれでありんすが……この日ノ本の標準語にもイマイチ慣りんせんから――――家族の影響もあって廓言葉をよう使いんす。」
「……クル、ワ? 言葉って……あの、ヨシワラの女郎とかがよく使うやつ……?」
――ヨウヘイが思わず口を突いて出た通り、
目の前でしどけなく座って、どこか陰を感じさせる廓言葉の女に、ヨウヘイは…………何かこの人は人生において抜き差しならない苦労でもしてきたのか、と憐れむような気持ちもあったが……色香たっぷりで吐息まで甘そうな女を相手に、ヨウヘイはそこで退かずに、内心ときめきのようなものに突き動かされて、会話を続ける。
「く、廓言葉を使うなんてことはそのお~……恋愛経験とか豊富だったりするんすか? お、俺そういう人とお近付きになりたいな~……なんつって!」
――だが察しの通り、ヨウヘイはオトコとしてはまだまだ未熟な青年であった。高校や大学にも行けるお金の無かった彼は青春時代のほとんどを労働に汗していたのもあってか、女心に疎かった。包容力、気遣い、大人の余裕ある態度。そういったモノは著しく育っていなかった。
女性へのアプローチとしては直球過ぎる言い方に、俄かに廓言葉の女の目元が吊り上がる。
「……でありんしたら何? あんたに関係ありんすか? 悪いけど、初対面でそんなこと言ってくる男は論外でありんすよ。欲求不満の男の色眼鏡でアチキを見ねえでおくんなんし。」
「うっ……」
「――やれやれ。」
――廓言葉の女から冷たい視線と共に返され、ヨウヘイは露骨に竦み上がり、傍で聴いていたカジタもヨウヘイの下手さ加減に溜め息をつく。
「……よう見ると着てる服もみすぼらしいわね。女を口説きたいならその態度と一緒に、身なりも整えておくんなんし。そんなことじゃああんたが望む逢瀬はありんせん。だからバイトしてるのかしら? その様子だと稼ぎ方も金遣いも駄目でありんすね。努力しなんしえ、さくらんぼさん。」
低いトーンの低いテンションに反して矢継ぎ早に、辛辣な言葉を浴びせる廓言葉の女。
「な、何故俺がさくらんぼさんだと――――」
「その口が付いてなくてもオーラでわかりんす。バレバレでありんすぇ。」
……ヨウヘイは狼狽し、気まずい沈黙が流れかけたが、何とか話題を変えようと視点を変えてみようとする。
廓言葉の女は手に大きめの鞄を提げていたが、骨董品の類いなのだろうか。何やら古びた短刀のような物が鞄からはみ出して見える。
「――あー、その鞄! 骨董品か何かっすか? 重いようならこちらで預かり――――」
「要りんせん。これは大事な研究資料でありんすし……接客態度も女への接し方も解ってねえさくらんぼさんに汚されるのは嫌でありんすから。」
――取り付く島もないほどの嫌われよう。傍で作業をしているカジタは、クカカ、と思わず苦笑いをした。
「ほれ見ろ、云わんこっちゃねえ。そんなんじゃあ女から袖にされて当然だぁな、バイトくんよ。」
「――うっ、うっ、うるせえッ!!」
横槍を入れて来るカジタにとうとうヨウヘイは声を荒らげてしまった。
直情径行であるヨウヘイは、憤慨の表情を隠すことも出来なかった。
(――――かーっ!! なんって性格の悪い女だ!! 顔も乳もド金髪もおみ足も全部最高……ってか好みのタイプだけどよお。やっぱ人間肝心なのは中身だな! いくらルックスが最高でも恋愛経験豊富でも、相手のプライドをボロカスに貶すような女は無理だぜ。この近くに勤めてんのか知らねえが……もう何言われても恋愛対象としては願い下げだぜ! けっ――)
――女心を解さないヨウヘイの態度にも問題はあったが、それにしても辛辣過ぎる廓言葉の女からの口撃。ヨウヘイはさすがに女に手を上げるほどの攻撃性は無いが、憤懣やるかたない面持ちにならざるをえなかった。
「……そらなくだらねえことなんかより、コーヒーはまだなんでありんすか?」
「――へいへい。たった今お淹れしましたよっと……どうぞ。」
自家製ブレンドコーヒーを催促する廓言葉の女に、カジタは冷静にカウンター席へコーヒーを差し出す。
――やや中東風のデザインのコーヒーカップ。中にはとても濃厚で芳醇な良い香りのするコーヒーが湯気を上げている。
「どうも……」
廓言葉の女はまず香りをひと呼吸、瞼を閉じて堪能してから、満足げに頷いた後、ゆっくりと一口、舌に注いで飲む――
「――――あら。美味しゅうござりんすね。」
――ヨウヘイとの辛辣なやり取りから察するに、普段からどこか刺々しい精神状態を背負っていそうな廓言葉の女だが、カジタが淹れたコーヒーの香りの良さと味に、思わず驚いた顔をして感嘆する。
「――ごほんっ! 気に入って頂いたようで何よりでさあ。そのコーヒーの技を編み出したのは……何を隠そう! このバイトくんでしてね。」
「えっ……おっちゃ――マスター。」
「へえ……あんさんが……」
「正確には彼と彼の親父さんとの合作ですよ。ウチは彼の親父さんとは昔から縁がありましてね。親父さんが始めて……息子が大成させた。親子共々、この純喫茶『RICH&POOR』にはもったいないくらいの従業員ですよお! ……だから、客への態度がなってないのは多少はご勘弁。まだまだ若気の至りが出るもんで、これから成長しますよ――」
――無論、廓言葉の女が来る直前の遣り取りを見れば明白な通り、ヨウヘイはコーヒーの腕前は及第点にすら達していない。現に今女にサーブしたのもカジタだ。
カジタはヨウヘイの体たらくに見かねて、嘘をついてまで彼に助け船を出してくれたのだ。互いに年頃の男女。少しでも良い関係性を持って欲しいという親心のようなものだろうか。
(――おっちゃん……確かに親父はここの店のコーヒーを昔から贔屓してたけど――――俺の為にこの女の前でそんな嘘を…………ううっ。ぐすっ…………。)
ヨウヘイはカジタの優しさと気遣いに思わず涙が込み上げてきて、とっさに顔を背けて堪えるのだった。
「――ふうん……あんたの親父さんが、ねえ――――まあ、どんな人間にも取り柄のしとつやふたつはあるもんでありんす。」
(――だってのに、いちいちかわいくねえなァ、畜生!)
「――気に入りんした。」
「――えっ?」
――廓言葉の女は依然、目にやや鋭さがあるが、幾分か表情を緩めてヨウヘイに語り掛けて来る。
「通勤の途中にちょうどいい、コーヒーの美味しい喫茶店が無いかとふらっと立ち寄りんしたが、これは良い出会いがありんした。今後、贔屓にさせてもらいんすえ――――あんた。名前は?」
――どうやらカジタの嘘と、コーヒーの味を信用して常連になってくれる気らしい。態度を大きく軟化させて、ヨウヘイに尋ねる。
「――――俺……金代用幣(かねしろ ようへい)だけど…………。」
「――金代…………金代……ヨウヘイ、ねえ――――アチキの名前はマユ。響マユ(ひびき まゆ)と言いんす。今後よろしゅう付き合って欲しゅうござりんす。」
――互いに名前を名乗った。さっきまでの辛辣な遣り取りが一度霧散して、奇妙な間が生まれる。
「え……そ、そりゃあ…………どうも、あざっす――――」
――――ヨウヘイが照れながらも微笑んだ瞬間――――突然、店全体に猛烈な衝撃が走った。外からだ――――
「――な、何だア!?」
「外でなんかあったみてえだな!?」
――俄かに、外から逃げ惑う人々の悲鳴……阿鼻叫喚が耳をつんざく。
「――――あれは…………いや……あいつらは――――ッ!!」
――突然、廓言葉の女こと、響マユは激しい怒りの創面を浮かび上がらせ、席を立って外へと飛び出して行った――――
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