第3話 受け継がれたもの
「――――あっ!? おい、あんた!!」
――ヨウヘイが制止するのも耳に入らず、先ほどまでローテンションでリラックスしていたはずの廓言葉の女……ヒビキ=マユは危険を顧みず外へと飛び出して行ってしまった。
「――あの形相……何か込み入った事情がありそうだな……!!」
カジタも外から聴こえる阿鼻叫喚と衝撃音を受け、緊張感が全身を支配している。
――――守らなければ。
たった今会ったばかりで、お世辞にも互いにあまり良い印象は持たれなかったヨウヘイだが、何も迷うことも損得勘定することもなく、ヒビキ=マユと名乗った女に対し――――否。脅威に晒されている人々全員に対し、守らなければ、と強く心が奮い立った。
「――――おっちゃん!! 逃げて来る人を匿ってやってくれ!! 俺はあの女を助ける!!」
「――あっ!? おーい! ヨウヘイ――――!!」
――カジタの心配する声を背に受けながらも、彼は敢然と街中へ飛び出した――――
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――街の大通りに出てすぐに、ヨウヘイは事態を把握した。
――――豚のような顔面。盛り上がった筋肉。手に持った鈍器に獰猛な呼吸。
大通りで何体もの怪人たちが出現し、辺りを破壊し尽くそうとしていた。
「――――USHAAAAAAAッ!! 刻むぜ、刻むぜ!! 刻んで燃やして壊して殺すぜええええーッ!! USHAAAAAAAAAAAッッ!!」
――見るからに知性の感じられない、ただただ破壊衝動のままに周囲を破壊し続ける怪人たち。
「――こいつら…………っ!! 何の罪もねえこの街を……人を!!」
――マユの姿は見当たらないが、辺りを見渡せば――――破壊された建物。燃やされる車。砕かれて汚された地面。そして倒れて意識を失う人々。
許せない。
目の前の暴挙にヨウヘイは怒りを滾らせ、拳を握り、その一念で胸を焼き焦がせる――――だが、同時に、脚が震えてその場を動けないでいた。
そう。彼は正義の心こそありつつも、この目の前の凶行を断罪する力も勇気も、本来は持ち合わせていなかった。恐怖に脚は震え、身体は硬直する。
だが、今まで幾度となく……ヨウヘイはこんな状況に遭遇した時、過去を思い返していた――
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――幼き日のヨウヘイ。食料も底を尽きかけ、ボロボロのアパートの一室で赤貧を窮めていた彼は、目の前で床に臥せる父親を病で喪おうとしていた。
「――ゴホッゴホッ……本当に……本当に済まねえなあ、ヨウヘイよ……俺のせいでこんな惨めな生活を味わわせちまって…………ゴホッゴホッゴホッ……今まで親子2人でやってきたが……どうやら俺は、ここまでだ…………父ちゃんの病気はもうどうにもならねえ、らしい――」
衰弱し、咳き込みながら天井を見上げるヨウヘイの父……ヨウヘイは父に縋りつき、涙ながらに懇願する。
「――オレ……もう貧乏は嫌だとか、惨めだとか言わないよ。だから――――病気治して、生きてくれよ。父ちゃん…………!!」
――死の床に臥せる父は痩せこけた顔だが、俄かにヨウヘイを見て微笑んだ。
「…………ヨウヘイ……おめえからそんな言葉が、最期に聞けるなんてなあ…………安心しろ。おめえは孤児になっちまうが……タンスに仕舞ってある書類に書かれたカジタって人のトコを頼れ――ゴホッゴホッ! ……こいつは父ちゃんのダチ公でな。おめえを引き取って、立派に育ててくれるはずだ、ゴホッゴホッ! ゲーッホ、ゴホ……」
「――父ちゃん……やめてくれよ……そんなこと言わないでくれよう!! ううっ……ううっ――――」
――迫り来る父との死別に、その悲しさと寂しさに幼き日のヨウヘイは咽び泣く。
だが、唐突にそのヨウヘイの胸元へ、何処から取り出したのか、父はかわいいクマのぬいぐるみのようなものを押し込んだ。
「――? 父ちゃん……何、これぇ…………?」
一見クマのぬいぐるみだが、よく見ると背中に細い穴が空いている。ぬいぐるみと言うより、貯金箱のようだ。
「――――いいか、ヨウヘイ…………出来れば、おめえに父ちゃんと同じ轍は踏ませたくはねえが……もしもお前が目の前の理不尽に怒った時……どうしようもない暴力で人々が虐げられているのを見た時…………そして、何よりおめえ自身を守る為に……こいつは役に立つ。これは、ただの貯金箱じゃあねえんだ――――」
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――目の前で繰り広げられる理不尽な暴力。それに虐げられ、殺されそうになる人々。そして自分自身の生命――
(――――そうだ。ビビるな。普段の俺は店で料理する時に持つナイフにすらブルっちまうほどのヘタレだ――――だが! この貯金箱があれば俺にも戦える――――目の前の現実を変えられる!!)
――ヨウヘイは、手に父の形見でもあるクマの貯金箱をしかと持ち、頭上に掲げた――――
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「――いいかヨウヘイ。このただでさえ弱肉強食の世界。加えて怪人なんてもんがひしめき合う世界。残念だが、おめえ一人の力じゃあ野垂れ死んじまうかもしれねえ――――だがな。おめえに『正義』の心があるなら、決してその強い気持ちを忘れるな。その正義の心を燃え上がらせたまま――――」
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「――――『課金』をするんだ――――ッッッ!! カネよ、俺の正義に応えてくれッッッ!!」
そう熱く叫びながら、彼は財布から1000円札3枚を取り出し、貯金箱の中へ入れた。貯金箱から眩い、金色の光が放たれる――――!!
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