「お飲み物はいかがなさいますか?」② (三人称小説 語り:無人称 視点:蒼也 主体:蒼也)
「おっと、今日は当たりだ!」
カウンタークルーの中に彼女がいるのを見た
「え、何だって?」と間の抜けた問いかけをする
「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」
ファーストフード店のお決まりの台詞だが、蒼也の耳には彼女の声が心地よく聞こえる。
「はい」蒼也の声は少し上擦っていた。柄にもなく蒼也は緊張していた。
「では、ご注文をどうぞ」
「ヒューストンバーガーのセットで」蒼也はいつものメニューをオーダーする。
「お飲み物はいかがなさいますか?」
ここからが勝負だ、と蒼也は気持ちを奮い立たせた。ずっと以前から用意して持っていた紙を取り出して「これで」と彼女に見せた。
彼女はその紙にしばしの間、目を走らせ、何事もない様子で答えた。「承知しました。お会計は六百円です」
オーダーが揃うまでの間、蒼也は気が気でなかった。
紙にはデートの誘いを書いておいた。その返事がドリンクで返ってくる。「オッケー」ならコーラ、「彼氏がいるからダメ」ならウーロン茶、それ以外に「タイプじゃないからダメ」がジンジャーエール、「保留」がオレンジという別の選択肢も用意しておいた。
「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
セットメニューが載ったトレイを蒼也は受け取った。そして急いでテーブルにつく。
ドリンクは……何だ?
蒼也はドリンクを蓋越しに見た。その濃さは何となくコーラよりはウーロン茶に見える。
ストローを挿して吸い込んだ瞬間、蒼也は落胆した。
やっぱり、そう「……だよねー」
蒼也はため息をついた。ウーロン茶だった。
「ん?」悟が怪訝な顔をしているが、蒼也は無視した。
その日飲んだウーロン茶は、心なしか苦い味がした。
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今回は三人称小説の形です。
三人称小説とは、「彼は……」とか「彼女は……」とか、ここにあるように「蒼也は……」と名前を主語にして語る小説なのですが、言い方を変えるなら、小説の世界に登場しない語り手が語る小説です。
私はその語り手を「無人称の語り手」と呼んでいます。この呼び方については異論もあるでしょう。
例を挙げますと、「非人称」「四人称」「物語り人称」「ゼロ人称」「虚人称」など専門家によりいろいろな呼び方があります。いずれにせよ登場人物ではない語り手のことです。
実は登場人物でないかどうかは小説を最後まで読まなければわからないのですが、ここではそのことについては触れずにおきます。
さて、今回は無人称が語り手の三人称小説です。
三人称小説には視点によって大きく三つに分けられます。これもまた異論があると思いますが、私は次の三つに分けて考えています。
① 一視点
② 客観視点(観客視点)
③ 神視点
今回の小説は一視点の小説です。視点人物は蒼也。蒼也の目で見た世界を描き、蒼也の心中も書くことができます。
一視点すなわち蒼也視点なので、蒼也の心の中しか描くことはできません。
「ドリンクは……何だ?」とか蒼也が思ったことなら心の声を書くこともできます。その場合、( )をつけずに、そのまま地の文に記載できます。
そしてまた、「蒼也は緊張していた」とか「蒼也は落胆した」といった感情表現も書くことができます。
実は日本語には「感情表現の述語には人称制限がある」という特殊な用法があるために、蒼也視点の物語において視点人物以外の感情を書くことはできません。「悟は緊張した」とは書けないのです。
これは非常に重要なことです。
蒼也を視点とした一視点小説においては蒼也の感情だけが書くことができるのです。
蒼也以外の人物については「悟が怪訝な顔をしている」のように「蒼也から見た悟の表情」のような書き方をしなければなりません。
今回、蒼也視点にしたことで、蒼也が何をたくらんで何をしたかはわかりました。
気に入った女の子をデートに誘い、その返事をドリンクで返してもらおうと考え実行したわけです。結果はウーロン茶で、お断りということになりました。
やっぱり簡単にはOKしてくれないよね、ということで「だよねー」となったわけです。
しかし女の子がどのように考えたのかとか、最後に飲んだウーロン茶が「心なしか苦い味がした」のは、思いが叶わなかったからなのかはわかりません。
女の子の視点とか、その他の視点があって初めて詳細な事実があきらかになると思われます。
ということで、同じシーンをまた視点を変えて見ていきましょう。
興味のある方はお付き合いください。
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