「語り」で遊ぶ 実例で考える「人称」「視点」「主体」
はくすや
「お飲み物はいかがなさいますか?」① (一人称小説 語り:僕 視点:僕 主体:蒼也)
「おっと、今日は当たりだ!」
「え、何だって?」
しかし彼は空いたカウンターレジを僕に譲って、隣のカウンターに向かった。
彼が向かう先にびっくりするほど可愛い女子店員がいたので、僕はすぐに理解した。蒼也は美少女に目がない。
ここはハンバーガーショップ。僕たちは六時からの塾の授業を受ける前に小腹をいやすためにこの店に入ったのだった。
「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」
「はい」
「では、ご注文をどうぞ」
「ヒューストンバーガーのセットで」
僕と蒼也はほぼ同時に注文を始めた。いつものセットメニューだ。飲み物はいつも氷無しコーラだけれど、今日はどうしようかな。
「お飲み物はいかがなさいますか?」隣の激カワ女子が蒼也に訊く。
「これで」蒼也は何やら紙切れを彼女に見せた。
クーポンとか持っていたのか?
「承知しました。お会計は六百円です」
しかし値段はいつもと同じだった。
その日はそれほど混んでいなかったので、その場でセットが揃うのを待った。
蒼也は何やら落ち着かぬ様子だった。
僕が先にトレイを受け取り、テーブルへと移動しようとしたとき、蒼也も少し遅れてトレイを受け取った。
「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
激カワ女子店員がにっこりと笑い、蒼也を見送るのが見えた。
テーブルについたら、蒼也がドリンクを蓋越しにじっと見つめ、おもむろにストローを挿したかと思うと、ハンバーガーには目もくれず飲んだ。
「……だよねー」
「ん?」
何が「だよね」だか僕にはわからなかった。
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「僕」の視点で「僕」が語る一人称小説です。
「僕」と蒼也は塾の前に小腹を満たすためにハンバーガーショップにやって来ました。そこで蒼也が激カワ女子店員を見つけます。
蒼也は、はじめに空いたレジを「僕」に譲り、自分は激カワ女子店員のカウンターレジに向かいます。その子は以前から目をつけていた女子のようです。
オーダーをしながら蒼也は何やら紙切れを彼女に見せます。
そこに何が書かれていたのか「僕」にはわかりません。
やがて、オーダーが揃い、「僕」と蒼也はテーブル席につきます。
蒼也はドリンクを飲んで、「……だよねー」と叫びましたが、その意味が「僕」にはわかりませんでした。
今回の話では、語り手が「僕」、視点が「僕」、そして主体が「蒼也」となっております。
ここでの主体とは、視点人物の観察対象のことで、主人公とも言い換えることができます。
名探偵が登場する探偵小説でよく用いられる書き方です。ワトソン役がホームズ役の動きを語る形です。当然のことながらワトソン役はホームズ役が何を考えているのかわかりません。
名探偵は思わせぶりなことを言い、さんざん勿体つけた挙句、最後に真相を明かすのです。
この書き方の方が名探偵の凄さをうまく描けるのです。
これがもし名探偵視点で名探偵が語る小説になってしまうと、途中の推理がすべて明らかになり面白さも半減するでしょう。
繰り返し言いますが、「僕」の視点では「僕」が見たことしかわかりません。この続きを書くとして、何が起こったかを知るには、「僕」が蒼也に訊ねて、蒼也の口から明らかにさせるか、蒼也視点の話を入れるかしかないと思います。
ここでは、蒼也視点の話を次にあげました。同じシーンを蒼也視点にしたものです。
話は変わりますが、今回の短編では「僕」の名前が出て来ません。この程度の短い話なら名無しのままでも良いと思いますが、長編では名前があった方が良いと思われますし、実際長編の場合は名前が出てくることが多いでしょう。
中にはプルーストの『失われた時を求めて』のように大長編でありながら「私」の名が最後まで出てこない(途中、「私」に向かって登場人物の一人が「マルセル」と呼びかけるシーンがありますが、これは作者のミスではないかと言われています。真相は不明です)ものもありますが極めてレアなケースでしょう。
一人称小説において「私」の名前を出す方法は二通りでしょう。登場人物の誰かに名前を呼ばせるか、自分で名乗るしかありません。
ラノベにおいては、「俺の名は〇〇」といった名乗り型が結構受け入れられていますが、中にはこれに抵抗を覚える読者もいるようです。ですので、私は名前を呼ばせる方法を用いています。
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