第9話 武雄、走る

 一年後の夏、太鼓橋が無事に完成し、街中が湧き立った。


「あの時はどうもありがとうございました」

 古田さんが畑で取れたスイカを持って、家を訪ねてきた。


「いえいえ」と梅子。


「太鼓橋にしたいなんて、私のわがままを聞いていただき本当にありがたいことです」


「何かできることがいつでも言ってくださいね。珠実ちゃんもまだうちと一緒で幼いですし」


 あの台風のあと、幸子はすぐに懐妊した。無事元気な女の子が生まれ、ほんの数日前に家に帰ってきたところだった。みゆき、という名前だった。


「ありがとうございます。それにしても太鼓橋って各所にあるみたいですけど、どういうものか知っています?」


「いいえ」と梅子。


「本当は、3つあるみたいなんですよ。1つ目が過去の橋、2つ目が現在の橋、そして、3つ目が未来の橋。過去を通るときは振り返ってはいけない、現在を通る時は止まってはいけない、未来を通るときはつまづいてはいけない」


「あらでもこの村の太鼓橋は1つしかありませんね。それなら、こちら側を過去の橋、向こう側を未来の橋ということにしましょうか。向こうからこちらに通れば、過去に行けたりして」と梅子は笑った。


「過去に、ですか……」

 古田さんは声を落として俯いた。旦那さんのことを思い出したのだろう。皆、けして、あの日を忘れたわけではなかった。


「あら長居してしまったようです。私、そろそろ帰ります」と古田さんは笑った。


 その日の夕方。突然、幸子の取り乱す声が聞こえた。


「みゆき、みゆき」

 幸子が必死にみゆきに声をかけていた。


「高熱だ、医者を呼んでくる!」

 武雄が家を出ようとした。


「だめ、私が行く」

 梅子が家を飛び出した。曽祖父は一郎を呼びに言った。


 しばらくすると、医者も一郎も家にやってきた。


「お医者様!」

 幸子は叫んだ。一族が見守る中、医者は問診を始めた。医者は首を横に振った。


 武雄は部屋を出て行った。


「おい武雄!どこ行くんだ!」

 一郎は、武雄の後を追っていった。


「ねぇちゃん……」俺は震えていた。


「真紘、この子がどうなるか気になるのはわかるけど、私たちそろそろ戻らないと。もしかしたら本当に私たちが過去を変えてしまっているのかも。橋も完成したことだし、もういいでしょ」


「あと、少しだけ」


「無理よ。真紘の気持ちはわかる。でも、残念だけど、じいちゃんに話しかける方法はない。真紘もわかってるでしょ」


「そうだね。うん、そうだ。わかった、帰ろう」

 俺は自分に言い聞かせるように言った。


 家を出ると、武雄が道の向こうまで走っていることがわかった。

「じいちゃん、どこに向かってるんだろう」


 武雄の後ろを、一郎が追いかけていた。一郎は足が早かった。あっという間に追いつき、武雄を捕まえた。


「武雄、どこ行くんだ!こういう時こそ、幸子とみゆきのそばにいてやらんといかんだろう!」


「過去に行くんだよ!」

 武雄は一郎の手を振り払った。

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