第8話 悲しみの先へ

 学校には、多くの避難民が訪れていた。


「あらぁ、古田さん、おたくは大丈夫でした?」と梅子は聞いた。若い女性だった。古田は生まれたばかりの赤子をおんぶしてあやしていた。


「ええ、畑の野菜はやられてしまったけど、家はなんとか。でもこの子が泣き止まなくて」


「そりゃあ、怖かったわよねぇ。」と梅子は赤子に話しかけた。「お名前は?」


「珠実っていうんです。主人が赤色が好きなもので。引かなくてね」


「あら、そういえばご主人は?」


「今、川の向こうから避難してくる人の誘導をしているのよ」


「公務員だものね。大変ね」  


「いいえ。そういえば、お隣さんに聞いたのだけど、向こうの医大も停電したみたいで、大変な状態みたいよ」


「医大?」と梅子は言うと、みるみる顔が青ざめて言った。梅子は一郎に頼んで急いで病院の様子を見に行かせた。


 梅子の嫌な予感は当たっていた。お産の最中、停電の影響で、幸子の子供は亡くなった。幸子は一命を取り留めたが、誰かに会える状態ではない。武雄は幸子はしばらく付き添うと言っている、と一郎は報告した。

 

 次の日、台風なんてまるで嘘のように、残酷にも綺麗な青空が広がっていた。一家は誰も何も言わず、淡々と家の壊れた部分の修復工事を始めた。古田さんの旦那さんが、壊れた橋に飲まれて帰らぬ人となったとの噂は午前中にも入ってきた。一郎は家の修復作業を離れ、古田さんの葬式準備の手伝いに向かった。


 大型台風は各所で甚大な被害を及ぼした。皆、それでも今までと同じ生活を続けた。田んぼを耕し、野菜を作り、ご飯を食べる。家の修復が加わったくらいだ。


 近所の人の手伝いもあり、実家は1ヶ月もすると十分生活できる状態となった。俺が住んでる、俺の実家が、今、目の前で完成した。みんなほっとしたのか、やっと笑顔が見えた。曽祖父母の支援を受けた一郎の家も同じ頃に無事完成した。


 そして、いよいよ太鼓橋の造設が始まろうとしたいた。亡くなった方々への弔いも込め、太鼓橋にしたいと言ったのは古田さんだった。


 俺らも毎日のように橋の建設を見に行った。台風があったことが嘘のように、川は落ち着き、穏やかに流れている。建設業者によって、少しずつ橋ができている。地元の人たちは皆完成を心待ちにしていた。


「俺さ、未来に帰りたい」と瑠璃に言った。


「ふーん」と瑠璃は笑った。


「大学の友人は華やかな業種に就職が決まってるけど、俺は田舎の公務員。この先の人生になんの意味があるんだよって思ってた。けど、俺、もっと身近にいるみんなを笑顔にしたいなって」


「それでいいんだよ。小さなことの積み重ねが、いつか大きなチャンスに繋がるんだから」と瑠璃は言った。


 3ヶ月後、武雄と幸子は家に帰ってきた。武雄は、台風の時のことを何も話そうとしなかった。幸子は以前と同じようにニコニコと気丈に振る舞っていた。

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