第3話 一郎の提案

「まじ、かよ」


 目の前に広がる風景を見て、俺は自分の目を疑った。そこにあるはずの住宅は消え、田畑が広がっていたのだ。


 辺りには畑仕事をしている人で溢れている。


 2人とも一言も発しないまま歩きだした。


 10分ほど歩くと、見覚えのある若者がいた。写真で見た、20代のじいちゃんだった。


「じいちゃん?」と俺は言った。


 じいちゃんは、俺に全く気が付かない。俺と姉のことは見えてないのだ。


「兄貴!」

 じいちゃんが突然叫んだ。じいちゃんの視線の先には、若き一郎さんと思われる人が立っていた。


「大根が取れたぞ!」


「武雄、話があるんだ」

 一郎さんは深刻そうな顔をしていた。


「おお!なんだよ兄貴」武雄はニコニコ笑って言った。


「芳子が出ていった」


「おおそうか、それで」


「違うんだ。実家に帰ってしまったんだ」


 一郎は、畑にある大きな石に腰掛けた。武雄は大根を持ったまま立ちすくんでいた。


「芳子って誰だっけ?そんな親戚いた?」と俺は瑠璃に聞いた。


「芳子おばさんよ。一郎さんの奥さん」と瑠璃が言った。


「ああ、5年前くらいに亡くなった」


「そうそう」と瑠璃。


「迎えにいったら?」

 武雄は何が問題なんだって顔をして一郎に言った。


「戻ってこないよ」

 一郎は武雄に紙を見せた。そこには、離縁してください、と書かれていた。


「原因はわかっているんだ」

 一郎はため息をついた。


「謝ればきっとわかってくれるよ!」

 武雄はやはり深刻さに気が付かずニコニコとしている。


 一郎は首を横に振った。


「姉さんが問題なんだよ」


「姉さん?」 


「芳子が嫁いでから、姉さん達がつらく当たるもんで芳子は毎夜泣いていたんだ。俺は気づいていたのに、何もしてやれなかったんだ」

 一郎は肩を落とした。


「なら姉さんに俺から文句言ってやる!」


「ありがとうなぁ、武雄。でもそんなことで変わる姉さんたちじゃないことはお前も知ってるだろ。なぁ武雄、俺は考えたんだ。もし、芳子がそれでいいというなら、俺はこの家を出ようと思う。荷が重いかもしれんがなぁ、お前が家を継いでくれないか」


「兄貴……」


「俺は今から芳子を迎えに行こうと思う。おやじとおふくろには、その後話すよ。武雄、どうか引き受けてはくれないか」


 俺も瑠璃も、じいちゃんのお姉さん達にはたいそう可愛がってもらった。特に、梅子おばさんは、俺が幼い頃は、大好きな苺を買ってきてくれたり、洋服を買ってくれたりした記憶だった。

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