第2話 太鼓橋を通る

 次の日。俺は相変わらず卒論が進んでいなかった。夕方、瑠璃がリビングへとやってきた。


「ほら真紘、いくよ」と瑠璃。


「いや待てって、俺ほんと卒論やばいんだって」


「どうせ家にいたって何もやらないんでしょ」

 瑠璃は、俺にコートを着せると、太鼓橋の前まで引っ張られた。


 家が立ち並ぶ道をまっすぐに進むと突然現れる川と橋。赤い太鼓橋は夕日に照らされ不気味に光っていた。


「この橋、ちゃんと見たことなかった」と俺は言った。


「車でしか通ったことないからね。じいちゃん曰く、こっち側が過去で渡った先が未来らしい」


 瑠璃は太鼓橋をひょいと通っていった。


「ちょっと待てって」


 瑠璃は通りきると、振り返って橋を見つめた。


「なら、ここから反対向きに渡ると、未来から過去に行くってわけだ」

 瑠璃はニヤリと笑った。


「まじでやんの?ほんとなんかあったらどうすんの?」


「迷信、信じてるんだ」と瑠璃はまた笑った。


「でもなんか嫌じゃね?不幸があったらどうすんだよ。あの時、橋渡ったからだって絶対後悔するよ」


「じいちゃんはね、振り向くなって言ったんだよ。不幸が起きるとは言ってない」


「あのさ、そういうのを屁理屈って言うんだよ」


 日が落ちてきた。夕焼けに染まっている空に、うっすらと月が見える。


「行くよ」


 まさに日が地平線の下へと潜ろうとしたその瞬間、最後の力を振り絞るように、光が拡散し、辺り一体が明るく光った。


「待てよ!」


 瑠璃にはまるで、俺の声が聞こえていないかのようだった。瑠璃は俺の腕をしっかりと握ると、橋を反対向きに通った。

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