第一章 第7話 最初の魔法

「落ち着いたか?」

「…何で僕にこんなことを教えるんだ?」

もう疲れた…慣れない対人関係に苦しんでいる真っ最中に、こんな爆弾を共有するなど…

「こんな…訳のわからないものを使って、どうやってしいなを取り戻すつもりなんだ?あんたみたいな偉い科学者もはっきりわかっていないじゃないか?!」

「…ああ、わかるようにするのは俺たちの仕事」

「仕事仕事…しいなを救うことって、仕事の延長になってないんだよな?」

いやな言葉だ。

それでも、気づいたら口に出した。

鬱憤払いにもならない、八つ当たりでしかなかった。

これは僕の一番まっすぐな感情だ。

「…」

悟教授は黙り込んだ。

拳を強く握り締めたが、何をすることも、話すこともなかった。

彼のプライド、或いはその心に秘めた本当の感情を傷ついたかもしれない。

少し間を開け、彼は再び口を開けた。

「…彼女に飲ませた薬は覚えていたか?」

「…は?」

「あれは特殊な成分を持っている、即効性はないが成分が体内で溜まる、そして、卵の侵食性を削る。全てがこの卵の移植のためだ」

「な…」

「卵は人にくっつけたら、その部分の特質を異常現象として表現をするのは一般的な認識だが、事実は少し違う」

彼は感情を紛らわすように、長い解説を絶え間なく栖都に聞かせている。

「卵は人からあの部分の特質を吸収をすることがある」

「そして、その吸収した特質から超能力と言える力に変える」

「要は、その特質を卵の中に止まれば、彼女は自分の意識を卵の中に移せる可能性がある」

栖都は困惑した。

彼はつい先までこの人を研究で娘をも犠牲にする狂人だと思った。

だが違った、こいつはただの狂人だ。

人と同じ感性があって、人と同じように娘を、家族を愛す。

そして、この人をたらしめる全てがこの悍ましいの異界生物の卵に乗せて、狂気の深淵へと落とした。

「教授、深井悟教授…自分が何をしているのか、本当にわかってるのか?」

言わないといけないことなのに、栖都から声の張りが薄れていく。

倫理観が緩い自分だからこそ彼と彼女の決定を無下にしたくない。

しかし、これが本当に彼女が望んでいるものなのか?

『うん!信じてみるさ!減るもんもないっし』

しいな…これはどっちなんだ?

こんなになっちまっても信じ続けてもいいのか?

僕にはわからない…

「ああ、しいなは帰ってくる、あの約束は今も昔も忘れたことは一度もない」

彼は言い切った。

不安定な倫理観がこの空間に充満している。

「そして…これはこの容器に入る前に、彼女が最後に頼んだものだ、君に渡したいらしい」

悟教授は綺麗に彫刻されていた木製の箱からあるものを取り出した。

中に入っているのは一冊の本だ。

それを手に取り、開いたものの、中にはずっしりと奇妙な模様しか書かれていなかった。

「内容はわからない。俺には読めない、彼女は何かを伝えたいだろう」

「もしかして、これは卵を植え付けた後に描いたもの?」

「わからない、彼女がまだ意識がある頃に密かに書いたものなはずだ、警告しておこう…」

悟教授は最後に釘を刺した

「異常現象、超能力は人が理解できないからこう呼んでいる。これにも人智を超えた何かがあるだろう」

その言葉はまるで魔力でもあるかのように、栖都の注意をその本にくっつけている。

最初は日記を何かを暗号で書き換えたものだと思った。

しかし、それだとあまりにも不条理な模様で、一体どう読めればいいのか?

深井家を離れ、その日栖都はバイトの面接をキャンセルした。

自分の部屋に篭り、深く扉を閉めた。

気づいてた、あの日々を終わらせたくないと。

踏み出したいけそ、最終的に踏み出せずにいた。

無くしたくないのに、なくしたことを認めない。

正しことしたいのに…それも叶わなかった。

何となく、泣きたい気持ちになった。


「充電は、できないな」

彼女の遺物として、そこそこのものをもらうことになった。

大体は悟教授にとって邪魔でしかいものだ。

運よくゲーム機もそのダンボールに入ってる。

この電力の供給が難しいこの町では、充電も簡単にはできない。

ゲーム機一つの電力は正直大したことないだけど、もうかねを無駄にできない、深井家に行くのもやめた方がいい。

考えてみろ、しいなの命を支えている馬鹿でかい機械が全部電力に支えられて、それを借りてゲーム機に充電することができるの?

「やるだけやって、仕舞おう」

懐かしい起動音、慣れ親しんだかちゃかちゃ音。

そして、二人でやったセーブデータ。

起動してたら、全てが元のままだ。

僕は戦士で、彼女は魔法使い。

ゲームは中盤で、なかなかラストまで進めない。

最強武器を求めて出発したら、そのまま放置になったなぁ。

全く、中途半端なもので…

気づけば、涙が溢れ出した。

葬式も、その前も、悲しみでおかしくなるのに、涙だけ搾りかすみたいになかなか出ないのに。

何で今更…ちくしょ…

魔法使いか、僕のキャラより大分よく仕上げているな。

ああ、この魔法愛用してたな。

確か、メテオライトだっけ。

技の名前を考えながら魔法を放つ時、奇妙なことが起きた。

太ももに置いてあるあの変な本が少し震えた気がする。

「お、おいおい…!」

なんだ?これは?!

開けてみたら、あるページのところに薄く光っている模様があった。

そしてその字だけ火が付いたように燃え消えてなくなった。

「何なんだ?これは…」

『魔法っすよ』

「うわあああ!!」

だだだ、誰だ?!僕は知らないぞ!卵なんざ知らないぞ!!

『ははっ!そんなに驚くっすかね』

あそこに立っているのは僕の悩みのもとで、今一番会いたい人でもあった。

全て記憶の中にない佇まいのまんまだ。

「しいな?」

彼女が目の前に立っている。

「しいなだよな?!」

『うん…何だろう…私は深井しいなであって、あなたの知っている深井しいなではないよ。あなたが魔法を使う度に現れる妖精と思えば大丈夫さ!』

「し…」

彼女の手を掴もうとしたら、そのまますり抜けた。

『とりあえず、あなたに二つ教えてあげるね!』

「登場?!何のことだ?魔法って、この本のことか?」

『天気が悪い時は、気をつけなさい!』

「え?ちょっ」

『黄金はいいぞ!』

「何の話よ!?」

『それと、久しぶり、元気?』

「お、あ、おお…げ、元気?」

彼女は笑い出した

『何で疑問?うけるんですけど〜!』

「うるさい!え?」

気づいたら、彼女はまたどこかに消えた。

あまりにリアルな声と見た目が、栖都をその場で呆けた。

…やはり、僕は思ったより疲れたかも知れない。

「タス…ケ…」

え?

外がやけに騒がしいなと思ったら、耳に届いた声が助けを求める声だった。

一体何が…

その直後、大きな音と共に部屋は一瞬白い光に支配された。

「助けて!隕石が、隕石が…」

「大変だ!あそこは安藤家じゃないか!」

「おい!人を呼んで来い!」

段々と人々の声が集まり、周りは祭りの喧騒でも上がっているようで、人々の声がうるさかった。

栖都だけ一人で不安と興奮で震えている。

自分自身が隕石を呼び寄せて、そして人を殺したかもしれない事実に。

無作為にベッドに投げたノートに目を向けた。

人を殺したかも知れない現実と、魔法でないと解釈できないこの現象の可能性と、しいなとしいなとの思い出が穢されたことも。

複雑な感情の濁流で吐きそうになった。

「しいな?あなたはそこにいるのか?」

ただの本だ、ただ静かに横たわっている。

聞きたいことが山ほどあるのに、どうやったら彼女と会えるんだ?

「魔法…そうだ、もう一回魔法を!」

それを決まったら、彼は神経質になり、素早く閉まってはいる窓のカーテンをさらにキツく閉めた。

できる限り、さき話したことを思い出す。

「空、天気、危険…」

少し試してみたところ、何にも起こらなかった。

「違う…こうか?」

その本を握りしめながら、もう一度試した、やはりそれじゃなようだ。

「黄金」

その言葉を発した途端に本が震え始め、強引にとあるページへと導いた。

模様が燃え、魔法が発動した。

しかし、黄金はどんな魔法なのか?

栖都は今更のようにそんなことを思い出した。

コットン!

クローゼットの中に変な音がした。

まさかね…

恐る恐ると開いた。

目に入ったのは食パンほど大きな金のインゴットだ。

『ヤホー!お兄ちゃん!億万長者の気持ちいいはどう?気持ちいい?』

栖都は別の意味で卒倒しそうだ。

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