第一章 第4話 「150の卵事件」

深井家を出たら、町の小さな道が流れるように海に向かって流れていく景色が俯瞰できる。

この何か月で見慣れていた景色だが、栖都にとってやはり面白い景色である。

初めて見る海は自分の町ってのは、中々ない体験だ。

彼女もそう思うのかな?

外出するたびにこうやって、海を眺めて。

たまに学生っぽい人が通り過ぎて、少し複雑な心境になる。

流石に海に入らなかった、秋を言い訳に。

夏の終わりは早いものだ。

「あれ?にいちゃん?あんた来るのか」

「ああ、少し暇でね」

どうやら気づかれたようで、諦めて出てきた。

「不思議な気分っすね」

「ああ、そうだな」

このまま、ずっと気付かずに生きていて、発見した時に、もう悟教授の治療で治ったとかだったら…

いや、まだ気を緩めちゃだめだ。

こちらにとっては、彼女の発作いつ始まるのか気が気でない。

ハラハラしながら見る絶景は確かに不思議だ。

しばらくこのままに居て、特に何もせず帰ることにした。

「しいな、もしもだけど…世紀末きたら何がしたい?」

「酒池肉林?」

「…あんたこの単語の意味わかってないだろう」

「沢山酒飲んで、肉を食うじゃないの?酒飲んだことないから、それを機に飲んでみたいっすね〜」

「だったら、やめといた方がいい。美味しくないよ?あれ」

「それもほうはいぃ…」

彼女の異変に気付き、素早く後ろから支えてあげた。

起きていながら、失神している。

家までまだ距離あるから、途中にある小さな公園にあるベンチに座らせた。

ここからちょうど海が見える、住宅と住宅の間の隙間から青い波が揺らいている。

15分が過ぎた。

「…起きた?」

「ああぁ、なんか寝覚めが悪い、吐きそう…」

「疲れたのかもな、帰ろうっか」

「うん!」

元気の返事に、針に刺されたような痛みを感じた。

その日から2ヶ月が過ぎ、しいなはその後特に失神とかはなかった、悟教授は更に忙しくなり、殆ど家に帰らなくなった。

「昔もそうだったよ」

それは今に始まったことじゃないらしい。

そして、今となって忙しくなる理由も増えったので、責めるわけいもいかない。

僕はどうだ?特に何も変わらなかった。

引きこもりのニートで、少し介護をやり始めただけだ。

また3ヶ月が過ぎた。

暖房はないが、なぜか今年の冬は暖かった。

四季はっきりしたこの街にとっては異常気象だが、栖都にとって不都合なことはなかった。

「スイカ割りしようか!」

それでも12月でスイカ割りはやり過ぎたと思う。

「今冬よ?!」

「あったかいから、いいじゃん!」

今の彼女は元気そのものだ。

本当に病気なのか、疑うぐらいだ。

彼女のノリについて行けそうにないが、この日々はずっと続ければいいと思っている。

いつの間かに2年が過ぎた。

この幸せの日々が終わりを迎えた。

「ははは、はぁ、は、は…」

病気は進行している。

たまに彼女が笑い止まらなくなり、外を迂闊に出れなくなった。

もう隠しようがない、彼女は気づいてしまった。

「あれ?何これ…なんで私は…」

それなのに、悟教授はもう帰ることすら無くなった、代わり見たことない薬を毎週この家に届くようになっている。

少し苛立ちを感じた。

いや、わかるよ、流石に。

それでも、娘に親の顔ぐらい見せてもいいじゃないか?

せめて一回ぐらい自分で薬を持ってきてもいいじゃないか?

考えれば考えるほど、ドス黒い感情が胸の中から溢れ出そうとしている。

そして、彼女にその薬を飲ませるのが僕の仕事だ。

家には彼の伝手で付ききりで介護する人と、週一ここへ来る医者が通ってる。

僕を家族と勘違いされているようで、簡単な仕事を任せられている。

その方が彼女のためにもなる、だそうだ。

しかし、本当にその役割を果たせる人が帰ってこない。

「ねぇ、海行かない?」

「あ、ああ、行こうか」

「何考えてるの?」

「いや、別に…」

夕焼けの坂を横目に、僕らはよく世話になっている海辺から離れていく。

海の街となって、あっと言う間に港が建てられ、漁業が盛りつつある。逞しい。

そのせいで、綺麗な海辺を探すことになったが、何処もかしこも同じような場所ばかり。

海沿いの道を歩くことだけで済ませている、最近こんな感じの方が多かった。

彼女の横を歩き、背も高くない栖都は知らない人から勘違いされて、二人はカップルに見えなくもない。

しかし、心の中ではそう安らかではない。

笑い始めたら、彼女はいつもバランスを崩れるから、そばで支えないといけない。

「おい!そこの君たち、ちょっといいか?」

「は、っはい」

急に声かけられて、思わず固まった。

なんか、前もこんなのがあったよな。

「いや、悪い悪い。ちょっと二人とも署まできてもらえませんか?」

あ、終わった。

これは逮捕で終了なやつだ。

今までありがと、しいな…

「うん?何で行くのだ?何も悪いことしてないよ!」

「申し訳ない、そんなことじゃないんだ。全町民の集会でずっと会ってなかったから、これを機会で伝えたいことありますので」

どうやら助かったらしい。

でもな…

「「何のこと?」」

珍しくハモった。

最終的に警察署まで着いて行った。

中には資料と何かしらの地図があって、僕ら以外も小さい子供が何人かいる。

資料をもらって、講習を聞いて、帰った。

内容は「150の卵事件」というとんでも話だった。

世界が半分に切り分けられたあの日から、「卵付き」と呼ばれる異界の生物に取り憑かれる人が居て、妙な行動をする人を見つかったら近つかないようにして、できれば速やかに警察に通報する、とのことらしい。

なんと、卵付きは超能力のようなものを使えるらしいが、大体コントロールできず、無境にばら撒くらしい。

要は危険人物の注意で、そのほかに特別なことはなかった。

ちなみに、しいなの病気のことを言い出したら、お巡りさんが自転車を貸した。見た目と違って優しい人だ。

彼女が上に座って、声かけてきた

「ねぇ、最近思うけど、お兄ちゃんはどう思う?」

「どうって何?」

「ラッキー!病弱の美少女との同居生活〜!ヤッホー〜!ってノリはない?」

「…お前から僕がそう見えてるのか?」

「いや、全然」

「…実は、思ったりしたら?」

「え?」

アホずらを晒したしいなを見て、思わず笑ってしまった。

「ははっ!ごめんごめん、冗談だ」

軽いのりで答えつつも、しっかり彼女がのっている自転車を押している。バランスが大事だ。

彼女が僕の顔を見ているようで、僕が彼女を見ると何故か顔を逸らした。

「…そろそろ帰るかっ」

「もうこんな時間か」

彼女の態度はに疑問を感じるが、精神面に悪い影響がなかったら良かったか。

取り敢えず、父親も不在の中で、自分だけしっかりしないといけないと静かに心に誓った栖都である。

そこから1年が経ち、栖都は彼女に料理や家事のやり方を教わった。

使用人はいるものの、料理だけ自炊にはこだわっている。

彼女はとてもできる子である。

ともかく、部屋の空気は張り詰めている。

病状が進み、車椅子を座ることになるしいなは顔を強張らせている。

自分が残る時間が医者から告知されるのを待つ患者のような、悲しくも、切ない雰囲気が漂う。

栖都も顔を伏せて、時が流れるのをただ待っている。

決心が付いたのか、しいなは顔を上げた。

その目にはいっぺんの曇りもなく、覚悟を決めた目だ。

自分の運命を受け入れる準備は済んでいる。

そして…

彼女はスプーンいっぱいのスープと具を口に運んだ。

少し間を空けて

「うまい!」

と明るい言葉がもらった。

「よっしゃ!」

今回は栖都初めて、食材の処理から調味まで一人でこなす日だ。

準備期間が一年と長いようにも見えるが、彼はしいなができる料理が殆ど習得した。

「だから〜心配いらないって〜このわ・た・しが自ら教えたわけだから、まずいわけなかろう」

「その割に、先の表情は何なんだ?」

「あ、あれはっすね…あ、そうだケーキだ!ケーキ食べよう!」

「おい」

言い逃すために聞こえるが、彼女ケーキを欲している。

災害のせいで工場やら倉庫やらがやられて、こいう菓子類を作る余裕は無くなって、小さなカップケーキも贅沢品の類に入る。

かなり高い。

彼女の家だと食べれないわけではないが、気分のことだ。

「誕生日おめでとう!」

「へへ、ありがと」

今日は彼女の誕生日だ。

悟教授は今日も帰ってこない、薬と1個の箱を送ってきた。

箱の中身このケーキである。

上にはしいなの名前と年を書いてある。

今日で16歳になった。

16か、もうこんなに経ったのか。

おめでと。

「兄ちゃん?どうしたの?泣いちゃって、あんたの誕生日じゃないだからね!」

「いや…なんだか…懐かしいからさ…」

僕がこの家に入って3ヶ月ぐらいのことで、しいなと悟教授3人でケーキを食べた。

あの時は一番高い時期なのに、みんなだらしなく食べて、満面のクリームと笑顔になった。

3年。

短いようで、長い。

僕が短く感じたほど楽しかった時間だ。

そして、無情にも実感した。

彼女の命の灯火が確実に短くなった。

「ああ、それもそっか。もう3年か…せっかくだし、この後海行かない?」

「…ああ、ちょうどいいとこ見つかった」

まだ覚えてるかい?

あの場所はしいなと一緒に見つかったんだよ?

「おお、いいっすね!案内を頼むとしよう!」

「ああ…喜んで」

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