第一章 第3話 異変

誰かの庭の壁の上にすわり、足を少しの寒い海に浸して夕焼けにあてられたオレンジ色の海を眺める。

この景色を見ながら何もかも忘れればいいと思うところ、彼女は目の前の海にダイナミック入水した。

「ぷはっ!うぅぅっ寒い!お兄ちゃんも入ってみようよ!」

「一片の魅力もない誘い文句!へくしゅっ」

目の前にいる栖都はずぶ濡れていて、復讐とばかりに思いっきり水の中に飛び入った。

その時に思い出した、自分が泳げないという事実。

「や、やばいっ!」

し、沈む!

「にいちゃん、何してたの?」

しいなは同じ水域にいるのに普通に浮いている。

それで落ち着いた。

動かなくっても、特に沈むことはなかった。

「しょっっっぱ!」

なにこれ?!前はここまでしょっぱくないぞ。

まるで塩湖のようだ。

塩分濃度が高いからよく浮く。

「なんか変だ…」

「何が変っすか?」

口に目に入るとえらく痛かった。

「ははっ!お兄ちゃんは弱っちいな〜!」

と言ってるしいなも10分も経たないうち、陸に上がった。

流石にこの高い塩分に耐えられないようだ。

「あたしはもう…だめ…みたいな…」

「しっかりしろ!死ぬな!!」

そんなふざけた小芝居やりながら、やはりおかしいと思ってる。

しかし、何が変なのか、正直言い出せなかった。

僕も彼女も海に行ったことないし、塩湖もそうだ。

知識でわかるけど、やはり実感が湧かなかった。

「さぁな、味付けが濃すぎたかな?」

「ぐっ、昨日はしょうがないっすよ!砂糖が切れちゃったから!」

それのことじゃないけど…まぁ、いいか。

「お前…ずるいぞ!水着も用意したし!」

「ふっふっ!兄ちゃんこそいい歳してるのにやんちゃすぎないっすか?」

「うるせぇ!」

このままだと風邪引くから急いで家に帰った。

ああ、もちろんしいなの家だ。

家の修理はとっくに済んだけど、なぜまだ他人の脛を齧っている?

言っとくけど、飯代はちゃんと払ってるよ?

ノスタルジックの生活がしいられた現在の状況だと、生活能力ゼロの栖都が生き残る未来は到底思えない。

自分の家の中で野垂れ死ぬぞ!

というしょうもない理由で、住まわせているのだ。

幸い栖都はしいなの親父が認めるほど無害な男だ、何ならしいなに腕力で負けるぐらい貧弱。

そんなことで、夏の終わりの頃で着衣水泳してたら…

「うぅ…苦しい…」

普通に高熱で寝込んだ。

移ったらいかんと、部屋に篭りきりで病気を養うことにした。

体は弱いのに、なぜか病気の治りが早い。

きれいに掃除された部屋で、咳に悩まされて眠れない僕は水を汲むためリビングに行った。

ライトが付いていて、しいなはまだゲームをやっているのかな?

「まだ寝ないのか?」

コホコホっと咳き込みながら、ゆっくり声をかける。

返事は返ってこなかった。

「お〜い、しいな〜」

「ああ!死んだちゃん!どうしてくれるの!」

どうやら攻略はうまくいってないようだ。

「あそこ詰みポイントだろう?昨日やったばかりのやつ」

「え?そうなの?!」

思わぬ返事だ。

昨日はお互い助け合って感動的に攻略したのにな、すぐに忘れるのは少しショックかも。

「はぁ、そろそろ寝ろよ、体に良くないぞ」

その時は、高熱のせいか

「…うんうん、わかったっすよ!うるさいな!」

それともただただ僕が無神経なだけなのか

「おやすみ」

「…おやすみ」

おやすみをかわして、彼女の背中を目で送った。

この時のしいなは僕が人生で見た健康なしいなの、最後の姿であった。


翌日に、全快した僕は昨日夜のことを思い出した。

しいなをからかうためリビングに出たが、様子が変だ。

「よ!しいな…」

ゲームはつけたままだが、しいな寝てもいないし、遊んでもいなかった。

両目はビクッともしない、ただテレビよりやや上の壁をボーと見つめいる。

「しいな?」

声をかけたが、反応が薄かった。

反応がなかったわけではないのだ。

彼女は確かに僕の声に反応を示していた。

しかし、何故…

「ああ、しいな…」

後ろから声が聞こえた、悟の声だ。

「あなたまで…」

冷静と知恵で評価された教授からでも、優しいお父さんからでも発する声ではなかった。

あれは絶望した男が力の限り悲しみを身体から溢れ出せないように我慢している声だ。

その場で笑い声にも聞こえる、声にならない声で、彼が泣き出した。

栖都は悟った。

それはしいなの身に起こったことは、もう二度と引き返すことのできない何かだ。

気づいたら、栖都は自分の部屋として使っていた書房に逃げ帰った。

あの悲しみの嵐は、自分には耐えられなかった。

だって、自分はあんな風に泣けない。

何が起こったのもさっぱりわからない。

一人だけ蚊帳の外にいるのだ。

異物なんですよ、僕は。

この家の異物。

病気が治ったばかりのこともあって、気づいたら寝てた。

起きた時に、窓から綺麗な夕焼けが流れ入ってる。

ゆらゆらと重い身体を起こして、おどるおどるとドアにたどり着いた。

この重たい雰囲気は…昔の何処かで、同じことがあった気がした。

思い出せないが、思い出したくもない。

ドアが自身の何倍もの質量で重ねたかのように重く感じた、木材と曲がる部分から軋む音が出ないようにゆっくりと開ける。

木の床から音が出ないように歩く。

「栖都か、すまんな、みっともない所を見せた…」

悟教授がソファに座ってる。

普通に見つかた。

まるでオドオドする子供のようで、自分でも情けないと思った。

「まぁ、少し座れ。しいなのことについてだが、少し話をしよう…」

言われた通り座った。

「まずはしいなの母のことだ。知っての通り、しいなを産んだ後すぐに亡くなったが、実は少し語弊がある…」

悟は頭を垂れていて、表情がうまく捉えない。

「しいなを孕った時はすでにある病気を罹った…」

「…」

「遺伝子を蝕む病気だ、死亡率は100%、現代医療では治る手段がない...」

「…」

「…その特徴の一つは、死ぬまで眠れないことだ。しいなは、発症した…」

悟教授からまるで宙に浮いているような、心細さを感じた。

「何とかする、何とかしないといけない…」

悟教授は話の腰を折らず、独り言を始めている。

悲しいより、怖いのだ。

治れない病気を治さないといけないこと…これがどれほど難しいのか、僕でもわかる。

頑張っても治らないことに、畏怖してるのだ。

「うん?珍しいっすね、何の話している?」

ちょこっと、しいなは彼女の部屋から顔を出した。

「いや、なんでもない、少し若者の社会知識を増やすだけだ...」

「ふぅ~ようは説教か!」

おい。

こんな元気だったら、心配して損した気分になるじゃないか。

しかし、目立たないが彼女の目の下にくまができている。

「ゲームやろう~おとう、どいて~」

「ああ...」

彼女は至って健康そうに見える。

それでも...いや、悟教授を信じよう。

彼はすごい人だ、町のヒーローだった。

研究者としても一目置かれるほどの人だ。

何とかなるさ、何とかなると信じるしかない。

「なにボーとしているんっすか?始まっちゃうよ!」

「あ、ああ、ちょっと待ってくれ、のどか乾いてるんだ、すぐ戻る」

「早く戻ろうよ!秒で!」

そこから特に言うべき変化はなかった。

彼女は眠れないことを自分からわかっていないので、悟教授はいつもこっそり彼女の飲み物に睡眠薬を混ぜている。

そのせいで夜遅くまでゲームをできなくなったが、心の健康と比べれば大したことではない。

想像でるか?自分が死亡率100%の病気にかかって、あと数年しか生きられない事実が頭の上にのしかかる日々を。

だから知らない方がいいのだ、彼女には。

その上、できるだけ外出を減らす。

目が届かないところで失神とかされたら危ないから。

一番危ないのは誰かさんに助けられることだ。

しいなは賢い子で、それだけで自分の病気に気づくのだろう。

それ以外はいつも通りだ。

悟教授は忙しくなり、三人で食卓囲むことも少なくなった。

その空いている椅子を見ると、なんとなく切ない気持ちになる。

家族がどうしよもないことに引き裂かれられないためなのに、このざまだ。

神様がいるなら、絶対悲劇を好むだろう。

それでも、生活上は特に変わることはなかった。

強いて言うなら、自ら家事をやるようになった。

「兄ちゃん顔色悪いよ?寝付け悪いのかな?」

「ま、まぁ、そんなところかな」

び、びっくりした、急に”睡眠”に関わることを言うなよ。

「たまに散歩でもしよ!散歩!勉強も終わったし」

「え、ええ、っちょ...」

彼女を家に居させると決めた時、授業はどうすれいいの?

考えて見れば、しいなが災害の前でどんな生活しているのかは、全くしらなかった。

すっかり引きこもりになったと思えば、あの行動力だから、ニートの僕とは大違いなはずだ。

仕方なく彼女の後ろについていくことにした。

ちゃんと見張らないとね。

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