第一章 第2話 静かな日々
翌日、国からの救助がまだ来ていないようだ。
家が飲み込まれた人々はテント生活か、知り合いの人に家を住まわせる形で安定した。
僕は人が集まる場所が嫌いだ。
特にこのような場所。
どこへ行っても、人が泣いている声がする。
災害で人が死んでないけど、自殺や自殺未遂が増えた。
家を失ったのもあるが、ほぼあのニュースのせいだろう。
「…続報です、原因不明な海面上昇の原因は判明しました。南半球は原因不明な災害により“消失”しております、繰り返す…」
義務教育ギリギリクリアした僕でもわかる、地球はスイカのように綺麗に真っ二つになったってことだ。
テレビで“消失”を使われるまでも、すでに情報が大量に出回っている。
最初は大体ネタにされて、ただの陰謀論が殆どだ。
それでも南半球に知り合いが居る人はすぐ気づいたのだろう。
この星から、南半球が消えたという事を。
関係ないと思うこの国も、受け入れない奴はいつか認めざるを得ないし、認めた奴からゆっくり絶望し始める。
そしてやはり無関心に思っている僕は今、地味に路頭に迷っている。
水面下の家と比べたら、浸水状況は大したことないけどこの状況を想定していなかったから町の大工たちが自ら志願して防水工事を行うらしい。
ありがたい話だが、しばらく家に帰れなくなった。
「おお!兄ちゃんじゃん!」
鈴が転んだような声が聞こえた。
声が聞こえた場所を見ると、やはり彼女だーー深井しいな。
あの日は確かに名前を交わしたが、僕をずっとお兄ちゃん呼ばわりだ。
不快はない、むしろ妹が出来た気分ですこし嬉しかった。
「なんだ、しいなか」
「なんだって、なんだよ!うけないですけど!」
JK語はそんな使い方だっけ?
「で?どうしたんだい?」
「兄ちゃんさ、家沈んちゃったでしょう?うちに来ないか?」
「うん?」
うん??引きこもりニートがJKの家に行くとか、事案以外のパタンってある?
「本気?」
「本気の本気さ!」
「親は?ちゃんと伝えた?」
「おとうならなんでも聞いてくれるよ!」
この親バカめ、こんなこと甘やかすはだめだろう!
「お母さんは?母の大丈夫なの?」
「母いないから平気平気」
意外な事実を知った。
「え、あ、なんかすまん...」
「いいよ、別に。覚えてないから」
彼女はホントに何もしないらしく、安心した反面少し寂し気もする。
「だったら、お邪魔させてもらうわ、丁度困っている所だ」
軽そうに言ってるけど、マジで死にかけだ、メンタル面で。
そう考えたうち、僕は彼女の家にお邪魔することにした。
先に己の潔白のために言っとくけど、家に大人がいるから、絶っっっ対に事案などではないからな!
「ちょっと、そこの君たち!少しいいですか?」
ぎくっ
ええ?まじで?
振り返って目に映ったのは、青い制服を身にまとい、一般市民にとっての正義の化身である。
お巡りさんである。
「は、ははいっ!な、何でしょうか?」
「失礼ですが、あなたは彼女のなんですか?」
あっ、終わりました。
短い人生(社会的)ですが、いい人生?でした。
「お兄ちゃん、なんかしたんっすか?」
「あ、失礼。そういうわけで止めたわけではないですが、最近治安が良くないので、未成年者の者は早めに帰宅するように巡回しています。」
「ああ、そいうことか!乙乙!お巡りさん~!」
「早く家帰ろうよ」
その言葉を残して、お巡りさんは巡回の道に戻った。
声がかけられた途端に、心臓が止まるかと思ったわ。
しかし、お兄ちゃん、か…
夕焼けの少し寒気のある暖かさが引きつつあり、少しの動悸を残して僕の背中を押している。
警察に声かけられたのは初めてだ。
この長い坂道を歩くのは多分小学生以来な気がする、ほとんど覚えてないのに、懐かしさを感じる。
振り返ってみると、綺麗な海が見える点では、まるで知らない土地で旅行するような気分になる。
そう、この坂の頂点で振り返ると海も見える。
夕焼けの光を反射し坂道に並ぶ住宅の白い壁にオレンジ色の波を打っていた。
そして、その先は果てのない海。
何日も経っていないのに、海猫の鳴き声がもう聴こえた。
もう少し経ってば、船に乗って海に漁に出る海の男たちが育てっちまうじゃないか?
「ここだよ!」
あてもない妄想から目を覚ました。
周りと同じような屋敷で、特に目を引く物もない。
「ささ!上がって上がって!」
優しい主人とよくわからない難民、綺麗で危ない構図が屋根から伸びる影に分断されている。
栖都にとって気にすることはあるが、断る理由はなかった。
「お邪魔します…」
よく考えれ、ここが全て終わる場所で、全てが始まる場所であった。
「光り物は嫌だ…」
「なんでも食べないと健康にはならないぞ!」
「生臭い…」
1週間が経った。
今日は寿司のようだ。
「じゃ、甘エビはいいだろう?」
「ハンバーグがいい…」
「肉高いから、むりだよむりー」
「金ならある…」
それを横目に、栖都は海藻で作ったサラダを一口。
うまい。
先の会話からわかりにくいかもしれないが、
諭す側はしいなで、諭される側はしいなのお父さんーー深井悟教授だ。
深井悟教授は市内の地質研究センターに所属する教授で、たまに町の高校や大学に講義しに行くこともある。
僕が高校生のごろは、彼の授業を夢中に聞いた覚えがある。
地質研究者だけど、化学、生物学、医学、哲学……
彼は色んな分野において活躍している人物で、全国テレビも出たことが何回かあった。
こんなすごい人なのに、なぜ何回かしかでていないのか?
それは彼の性格はテレビのタレントとして、致命的に不愛想であったから。
そしていつの間にか人々に忘れ去られていた。
…とてもじゃないが、今の子どもじみた発言をする人物には見えなかった。
しかし、この一週間で栖都はすっかり慣れた。
「おとう、醤油ください」
「君の父親になった覚えはない…」
テンション超低いが、しいなによると今は激昂しているらしい。
でも醤油はくれた。
圧倒的に不愛想に見えるだけで、とても優しい父親である。
「ありがとございます」
「しいなはやらん…」
うん、しいなによると今は血涙を垂れ流すほどの怨嗟を撒き散らしているらしい。
…なんでなのだろう?先のは冗談だけど
「父さん!冗談ほどほどになよ。」
しいなは短く叱ってからまた手元の作業に入った。
茹でた海老の皮剥きだ。なぜか彼女はとても苦手としている。
言っておくが、今囲んでいるテーブルに乗っている光り物寿司を捌くも、甘海老の皮をきれいに剥くも、海藻サラダのドレシングまでも全部彼女一人でやったのだ。
そんな彼女はなぜか茹でた海老になると、ありえないほど下手になるのだ。
この家の料理は彼女の土壇場だ。
うん?僕たち男は?
おいおい、ニートと根っから研究者に何を求めるのだ?
生きる動力が少ないが、まだ死にたくないよ?僕は。
「海老、お手伝いいる?」
「…面目ないっす」
まっ、これぐらいなら私も出来る。
「醤油をしょう…醤油だけに」
「っぷ…」
「あれ?もう冬なかー?冷えるなー」
うん、すまん。
しかし、まぁー
黙々と食事を進む悟と自ら茹で海老に打ち勝とうとするしいなを見ると、人の営みの不思議さを実感する。
見た目や第一印象から絶対わからないこの一面も、今こうやって食卓を囲むまでは絶対知らなかった。
僕はどうだろう?
僕は隠し続けるしかないと思っている。
社会の役にも立てず、人様の役にも立てず、自ら何かなそうとしないものだ。
表では働いている場所は水没して、今は親の遺産を頼っている。
せめてこの食卓に囲む人たちに知られたくない。
「食った食った!にいちゃん〜ゲームやろう〜!」
「ふふ、舐められたままちゃ困るぜ」
なんでこいつがこんなにゲームうまいのだよ…
「バッテリを使え、燃料を残したい…」
「「はい!」」
電気はまだ復旧してないので、深井家のソーラーパネルをフル活用している。
今は水道も電気もなかった。
発電所は水没したようで、なかなか復旧するのは難しい。
水は配給制で、近頃復旧する予定らしい。
木材や燃料を燃やしていれば料理と風呂の問題も解決できる。
なぜかネットは無事だった
ネットと熱湯は無事!なんてね。
「ねーなんか湯が寒くね?気のせい?」
「気のせいだろう…」
因みに深井一家はまだ一緒に風呂を入っているらしい。
…しいなは高校生だよな?
確かに幼い印象ではあったけど、彼女は父親似でとても賢い子らしい。
そして知ったのは、しいなの母は難病でしいなを生まれたすぐに亡くなった。
今僕が寝ている部屋は昔彼女が読書用に使っていた。
色々な難解な本がずっしり並んでいて、本としてそこにいると言うより、思い出としてそこにいるだけかもしれない。
布が覆ったお陰で、埃はなかった、場所によって新品にも見える。
少し切ない気持ちになって、この日を終えた。
こんなのどかな日々が気づいたら、1ヶ月が過ぎた。
ノスタルジックな生活は地味に忙しくも平穏で心が安らぐ。
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