『オタクに優しいギャルは星を滅ぼすようです』 ーー残滓たちの魔法ーー

バスタージョージ

第一章 第1話 冷たい海

世には「ニート」という単語存在する。

勉強もせず、仕事もせず、親の脛を骨の髄まで齧り尽くす寄生虫を指す言葉だ。

「勉強は、していないが、仕事は、まぁしてないけど」

「親のすねは齧っていないし、もうこの家は僕一人のものだ」

「僕は断じてニートではない!」

成島栖都は自己啓発の動画を閉じて、ひたすら自分を励まそうとしていた。

ご覧の通り成果はなかった。

……意外ではないかもしれないが、彼のような人はこういった動画の対象に入ってないことに、早く気づいた方がいい。

彼を見て見ると、顔色も悪く、酷く瘦せている。

最近も自己啓発やらなんやらのせいで、絶食を試みていた。

腹が減りすぎて、悩む気力すらなくなった。

さしぶりにデリバリーを頼んだら、涙が出てきた。

もっとも胃が縮まったからあんまり入らない。

ピザを貪り食う音が止むにつれて、この部屋から音がなくなった。

栖都は部屋の隅っこからは扉にを見つめている。

今更だが自分の行為に少し驚いていた。

生きるために、己にかかった鉄の掟を破ったのか?

引きこもりは別に意識してやってるものじゃないが、自分はこの部屋から出ないように生活するなら出前は普通に取る。

……最近はこの無駄に豊富な心理活動を抑えたい。

こうしてドアと睨めっこの中で、またつまらない一日が過ぎた。

「うっ…なんだ…」

夜中に、おかしいことが起きた。

少しの寒気と水の音がした。

一気に目を覚めた。

人間が本当に意味のわからないことに会う時に「え?」ってしか出てこないのは本当のようだ。

彼の部屋は水没したらしい。


ごく普通な田舎町、この一週間は晴れ渡っている。

周りに大きな川やダムなどない。

海からそれなりに遠く、立地もそこそこ高い。

それなのに、この地域では有り得ない水災に見舞われた。

今は夜だが、昼間だったらあそこはきれいな水平線が見えるのだろうなぁ。

他人事のように栖都は遠く眺めている。

今のような月もない夜だと、そのどこまでも続けそうな水平線は人を食らうモンスターに見える。

足を波打ちに踏み入れると、穏やかな風と水の流れを感じる。

それに反して周りは人で溢れかえっていて、やけに賑わいだ。

家をでたら目の前にあるはずの長い通学路が、急に海になったのだから。

運よく家の前に止まったものの、既に多数の住宅を飲み込んだようだ。

ゴムボートやバスタブなどをボートに使って、必死に救助する人、家族との再会に泣く人、家が飲み込まれて大泣きする人、なんとなく泣きたくなる栖都。

吐き気がする、目眩がする、いつものように人混みに酔っている。

水災なのに、水は透き通っている。

すこし水をなめてみたら、しょっぱかった。

本当に海だ。

どうしてこんな…

「おい、あんちゃん!悲しいのは分かるが、いつまでそこに立っても帰らないものは帰れないよ!ささ、ついってなさい!避難所行ってから、ゆっくり話聞いてくれる人を探せばいいよ!」

優しい近所のばあちゃんが逞しくも僕を励まそうとする。

流石閲歴のある人生の先輩。

なんとなくついていて、なんとなく更に人がたくさんのシェルターに辿り着き、非常食とすこしかび臭い布団を貰って、まだ人が少ない外の壁際に座り込んだ。

悲しいのか、僕は?

星空を見上げて、ようやく一息がつきそうだ。

外に出るのはさしぶりだ、案外空気が美味しいとしか感想が出なかった。

もう外に出ないと決めたのに、また振り出しだ。

そして今、自ら工場の外を選んだ。

本当に不思議だ。

もしも水位がもう少し上がったら、そのまま溺れ死んだのかな。

まるで黒い綿に包まれそうな夜空を眺め、自分に聞いてみた。

答えが出ないまま寝落ちた。

いつも通り笑えない、つまらない一日が終わろうとしただけだ。

……格好を付けたいが、直ぐに起きてしまった。

それはそうだろう。

寝るのは夕方だから、もうこれ以上ないぐらいぐっすり寝れたよ。

シェルターは使われていない廃工場らしく、周りはあまり草が生やしていないのは何故だろう?良くないものでも生産していたような気がして、さらに眠れなくなった。

散歩を兼ねて、一周回ることをした。

あ、雑草だ、普通に生やしているじゃん。

そして、反対側まで回って、正面の様子を少し見ることにした。

もう救助が終わりに近いか、隊列が消えて一人や二人がシェルターへ向かて建物に消える。

よく考えたら自分の家は水没していたようで、実はしてないだよな。

なぜ人との付き合いを断とうとする自分が、こんな人しかいない所に来るのか…少し不思議に思えた。

「おい、お兄さん。眠れないの?」

「!」

急に後ろから声かけられて、心臓が飛び出すだと思ったわ。

「あれあれ~怪しいな、も~し~か~して、泥棒?」

あそこに立っているのは一人の女の子だ。

まだ幼い面影が残っているが、制服から見ると高校生なはずだ。

いつの間にか月が出て、彼女の髪が月光の下で淡いエメラルドグリーンに見えて、少し不思議な雰囲気を醸してている。

そんなことを構う暇もなく、栖都は自分が怪しまれることに気付いて、取り乱した

「え...ぁ...」

人と話すのがさしぶりすぎて、喉からは変なな音しか出てこなかった。

「なにそれ~!受けるんですけど~」

少しイラっとしたが、彼女の態度から見ると、別に本当に自分を泥棒だと思っていないよなので、少しほっとした。

「ち...ちがう...」

情けない声がでて、栖都は顔を赤らめた。

「いいっていいって、兄さんはいい人なのが分かるって~!」

彼女の陽気返ってくるのは、少しおかしい返答だ。

栖都は何一つ人に褒められることをしていなかったから。

救助に手助けもせず、ボランティアにも加入せず、まるで他人事のように傍観するだけ。

これのどこかいい人に見えるだろう。

「だって~病気の人に室内のスペースを譲ったじゃん~!いい人に決まってるっしょ!」

そういう風に見られているのか。

あんたこそなんて素直でいい子なんだよ。

「...」

「あれ?のり悪いっすね、どこ行くっすか?」

僕みたいなろくでなしに近づかない方がいいに決まってる。

どうせ暇だし、水辺でも見てみようとした。

生まれて初めて、こんな広い水の塊を見たかもしれない。

15分もしないうちに辿り着いた真っ暗な水辺。

強めの夜風が吹き、波が打ち始めた。

いまは雲が去り、月がでて、足元までしか見えない波が遠くへ延びていく。

「おお…!」

思わず声に出た、災害の跡地なのに...なんて眺めだ。

波打つ坂道と、住宅の赤い屋根たちは少し巨大なサンゴに見える。濁る水だと考えたが、近い水面の下ははっきりと映るほど、スッキリしている。

それらの全ての景色が薄いエメラルドグリーンの月の下で揺らいでいる。

これは人生で始めて見た海の景色だ。

「綺麗...」

なぜか一緒についてきた彼女も見惚れしまったようだ。

「不謹慎だね」

僕らか。

「いいよいいよ、死人は出なかったし」

「この規模なのに、すごいな」

町の三分の一を飲み込んだのに、大したものだ。

しかしそれはこの街だけの話なのだろう。

この海の向こう側...真ん中か。

その中にも、もともと幾つもの町が存在して、そして飲み込まれた。

逃げ場のない人々がそのまま海の底に永遠の眠りについたのだろう。

「おとうが予測したのよ!」

「へぇ、すげぇーじゃん」

「へへ、すごいでしょ!」

あんたがなに得意...いや、するか、普通に。

...家族か。

「じゃ、町ヒーローになるな」

「それはないかもね...」

なぜか、少し凹んでいるようだ。

「きっと、仕事だしって、言うだけになるよ」

彼女が少し不貞腐れた。

「いい仕事しただろう?って返したら、カッコよくね?」

「!!ホントだ!兄ちゃん天才かも!?」

ふざけた会話をして、海に入ってみようと足を踏み入れたが、予想外の寒さに二人とも諦めた。

この季節の海って、こんなに寒いだっけ?

外を選んだ僕をいい人だと誤解された原因がわかった気がした。

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