第1章 邂逅

1話 スラムの少女

 薄い木の板で出来た小屋が並んだ“住宅街”にはあちらこちらに縄が張られ、色とりどりの洗濯物が引っ掛けられている。

土を固めて作った釜戸からはまだ薄暗い時間にもかかわらず煙が立っており朝の支度をする女たちで賑わいを見せている。


 そんなスラムの住宅街の端、土の地面がむき出しの狭いスペースにぽっこり飛び出すように作られた小さな土の“かまくら”があった。

 かまくらの壁は磨いた様につるつるとしていて内壁には布や革で出来た飾りのようなものが、ところ狭しと土で出来たフックに引っ掛けられている。

 床にはかまくらの形に切り抜かれた木の板の上に布と革を重ねた敷物が乗っかっていて案外と心地良さそうだ。


 そんなかまくらの中、薄い毛布にくるまっていた少女が1人もぞもぞと起き出し、かまくらの外にでると、「うーーん」と声を出しながら伸びをする。

 無造作に波打ったグレーの髪はお腹のあたりまで伸びており、整った顔立ちも、半眼に開いた薄いグレーの瞳も半分以上が隠れてしまっている。

 少女はサイズの合っていない厚手のダボダボとした服から手のひらを出し“お椀”のようにすると、小さく呟いた。

 「‥‥〖水よ〗」

 途端、手のひらを透き通った水が満たしていく。

 少女がその水でバシャバシャと顔を洗っていると大きな張りのある声が聞こえてきた。


「シズ!おはよう!いつも早起きだね!うちの男どもにも見習ってもらいたいもんだよ」


 少女…シズは、濡れたままの半眼を向け、シズのすぐ隣に住んでいる黒髪に少し浅黒の肌をした豪快な印象の女性…アマンダに応える。

 

「おはようアマンダさん…」

「ハハッ、相変わらず眠そうな顔だこと」

「眠くない…顔は元から…朝ごはんは?」

「もう少しお待ちよ。今麦粥を作ってるからね。待ってる間、水瓶に水を頼めるかい?」

「…わかった」


 シズはノロノロとした足取りで歩きながら、「〖乾け〗」と呟く。

すると顔についたままの水滴がスッと消えた。


「〖水よ、満たせ〗」

そう呟けば水瓶へ湧き出したように水が溜まっていく。


 アマンダは朝食の支度をしながらその様子を眺めている。


「しっかし見事なもんだねぇ、そんな小さいのに魔法を使いこなしてるなんて」

「…いっぱい練習してるから」

「いやいやたいしたもんだよ。ここらの連中でここまで魔法が使えるのは薬師の婆さんくらいだ。あの婆さんはがめつくて好きじゃないんだよねぇ…はいよ麦粥、それと干し魚を焼いたやつとドライフルーツね」

「…いただきます」


シズが木製のスプーンと空いた片手を忙しく動かしてどんどんと食べる姿は小動物が食事を取られまいとするようで、そんな姿にアマンダは微笑みを浮かべながら家族の分の食事をよそっていく。


「ごちそうさま」

「はいはい、すぐに出掛けるのかい?」

「うん」

「ほんとに真面目な娘だね、夕飯は?」

「いる」

「はいはい、じゃ気をつけて行ってくるんだよ」


 シズは朝ごはんを平らげるとかまくらの家からお気に入りの肩掛けカバンを引っ張りだし、出入口に向かって「〖閉じて〗」と呟くと小さな出入口がふさがり壁と一体化して見えなくなる。

 戸締まりを確認すると「うん」と小さく頷く。


「いってきます」


アマンダが鍋を鳴らしながら家族を起こす音を聞きながら朝もやの中を駆け出す。



 わたしはシズ、スラム生まれスラム育ちの11歳。

 わたしの夢は強く強くなること。誰にも負けないくらいに、強くなって……とにかく強くなりたい。悩みは身長が全然伸びないこと…。


 今は“グランマ”のところでお仕事をもらって、その代わりに魔法を教えて貰ってる。

今日もこれからグランマの屋敷に行くんだ。



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る