『カナリア・ハラリエル』というのは、警告や厄災の先触れ。


 実は、わたし・・・がこのゲームの中で一番好きだったキャラはヒロインなんかではなく、攻略対象のヒーロー達でもなく、カナリア嬢だったりする。


 まぁ、わたしに限らず、ヒロインの親友ポジションながらも、カナリア嬢のファンは多かったみたいだけどね? 口コミによると、攻略対象のメインヒーローに次ぐ程の人気っ振りだったのだとか。大人気キャラと言える。


 なにせ、ファンディスクでは、カナリア嬢がメインとなる話が作られたというくらいだし。わたしの記憶では……プレイした覚えがないのが、至極残念だけどねっ!!


 ――――カナリア・ハラリエル子爵令嬢。


 『ハラリエル』というのは、マイナーな天使の名前から付けられているらしい。


 『ハラリエル』という天使の役割りは、警告。そして、『カナリア』は先触れの鳥だ。


 毒ガスなどの危険性がある場所に、カナリアを連れて行くのは有名な話だろう。


 つまり、『カナリア・ハラリエル』というのは、警告や厄災の先触れ。


 ヒロインを付け狙う暗殺者は、元は孤児なのだそうだ。見目が良く、運動神経の良い子供。


 そんな子供が偶々闇組織の目に留まり、暗殺者としての道を歩み始めることになった。


 酷く厳しい、まさに死ぬ程の地獄のような訓練を経て、人を殺す為の技術を研磨し、同じように育てられた子供が何人も死んで行く中――――暗殺者候補生として生き抜いて、聖女の前に現れた。


 と、公式設定に載っていた。


 その、『暗殺者』となる最後の仕上げとして、精神と感情を破壊する薬を飲まされた。


 薬のせいか、わたし・・・が浮上した影響か、どうにも『わたし』の記憶が曖昧だ。もしかしたら、思い出したくもない記憶なのかもしれない。


 それは兎も角として、だ。こうしてどん底から生き抜いて来た『わたし』の精神は、呆気無く殺されてしまったワケだけど・・・


 この後の『わたし』とその『予備の暗殺者』の二人は、貴族令嬢としての教育を施され、貴族の養子となる。


 そして、ヒロインの通う魔術学園に通うことになる。


 聖女候補と見做みなされているヒロインに近付き、その手綱を握れという命令の下、友達の振りをしながら友情を育んで行くことになる。


 そして、ヒロインと触れ合って行くうちに、ヒロインの聖女としての能力の影響か、壊された筈の心がゆっくりと癒され、段々と心が戻って行く。


 そうやって心が戻って行く中で、『わたし』はヒロインに情が湧き、暗殺者としては失格なことに、何度も聖女暗殺の任務を失敗してしまう。


 このときに、『わたし』のヒロインへの友情度が低いと、暗殺は成功。つまり、ヒロイン死亡のバッドエンドとなる。ちなみに、ヒロイン死亡エンド後の『暗殺者』は、闇組織に使い捨てられる。ヒロインを失った(自分で殺したクセに)ことで、自暴自棄になって任務中に死んでしまうらしい。


 また、ヒロインが聖女ルート解放以降に条件を満たし、攻略対象の個別ルートに入ると、自分を付け狙う『暗殺者』を返り討ちにしてのハッピーエンドへ向かう。


 まぁ、『シナリオ』ではそうなる予定。どの道、『わたし・・・』にハッピーエンドは無いということだ。


 けれど、『ゲーム開始』前である今なら、自分が死なないように準備ができる期間というワケだ。


 とは言え、その前提も、危ない薬を飲んでしまった『この身体』がちゃんと動いてくれれば、なのだが・・・


「…………」


 ああ、さっきから懸命に動かそうとして頑張っていたお陰か、今指先がぴくりと小さく動いた。


 反応速度は酷く遅くて鈍いけど、どうやら身体は動いてくれるらしい。


 まぁ、『シナリオ通り』に行くなら、『わたし』のこの身体は暗殺者として動ける筈だが・・・そう悠長なことも言ってられない。今、身体が動いてもらわないとわたし・・・が非常に困るのだ。


 『わたし・・・』の、死亡エンドを避ける為にっ!!


 ということで、根性で動けぇぇぇっ!?!?


「……ツェーン。今からお前には、貴族令嬢としての教育を受けてもらう」


 どうにか身体を動かそうと四苦八苦していると、首領っぽいオッサン……ああ、いや、コイツがこの組織のボスだわ。が、わたしへ命令した。


 ツェーンというのは、十という意味。名前ではなく、番号だ。名前を呼ばれなくなり、『わたし』は自分の名前を忘れて久しい……いや、もしかしたら名前なんて最初から無かったのかもしれないけど。


 ちなみに、先程からピクリとも身動ぎせずに倒れている彼女はノインと呼ばれている。九という意味だ。うん、ちょっと思い出した。番号が近いせいか、地獄のような訓練を一緒に受けさせられて……互いに助け合った仲だ。家族、のような関係かもしれない。


 九、十という番号から判るように、彼らにはノインや『わたし』達のようなモノは単なる消耗品。現に、コイツらは倒れている彼女には見向きもしない。『わたし』と年が近い中で、唯一生き残っているのはもう、彼女だけ。


 前世を思い出した今なら、判る。『わたし』達は、コイツらには人間扱いされていないのだと・・・


「では、これより処置をして、動ける状態になればすぐにでも移動をさせる」


 なら、もういいよね?


 『わたし』を、彼女を、ヒロインを人間扱いしない連中に従う必要は無いと思う。彼らに拾われ、彼らに従うように洗脳のような教育を受けて来た『わたし』なら、彼らへ逆らうことなど考えもしなかっただろうけど。


 生憎と、わたし・・・はコイツらに殺された『わたし』とは違う。


 『わたし』の死亡フラグを、『ゲームのシナリオ』が始まる前に、叩き折ってやろう。


 『わたし・・・』は、ゲームの暗殺者。


 『ゲームの中』でヒロイン達がエンカウントしたバトルパートで、『暗殺者』は自分の状態異常を魔術で治したり、HPを回復したりするような厄介な相手だったと記憶している。


 それならきっと、素質がある。今のわたし・・・にも、できる筈だ。目を閉じて、イメージしろ。あのとき、『暗殺者』が使っていた魔術を……


「……解毒デトフィシケイション……」


 吐息のような幽かな音が唇から洩れる。と、今まで動きが鈍かった手が、ぐっと力強く握れるようになった。どうやら、解毒の魔術は成功したようだ。


「なにをしてい、るっ……」

「ぐ、っ……!」


 わたしの動きを察知したオッサンの急所へと拳を叩き込み、もう一人のオッサンへの喉を絞め上げて二人の意識を刈り取る。


「ふぅ……」


 小さく息を吐く。身体動いてよかった~っ!?

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