第20話 吉田

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 その声を聞いた矢沢やざわは、コーヒーをすすりつつ視線を声の主に向けた。

 同じテーブルにいた吉田よしだは矢沢を見て顔をしかめた。

 矢沢はもうカウンターに釘付けだ。

 奇声を発した男子高校生が真ん中のレジに向かった。

 矢沢が男子高校生と女子店員とのやり取りを何気ないていを装って注視する傍らで、吉田はその矢沢と、矢沢が目を向ける先とを交互に観察した。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

「これで」

 男子高校生は紙切れを見せた。

「承知しました。お会計は六百円です」

 矢沢と吉田は所轄警察署の刑事だった。

 最近この界隈で白昼堂々違法ドラッグが取引されているという情報があった。

 吉田は矢沢に連れられてこの店に来た。食事のついでの巡視だ。

 矢沢は最近合言葉にはまっていた。何でも合言葉に聞こえるようだ。「ポテトはいかがですか?」に「ジャーマンポテトで」という下手なジョークも矢沢には合言葉に聞こえる、と吉田は森係長から聞いた。

 森の言葉が蘇る。「いいか、吉田。矢沢は思い込みが激しい。それに視野が狭い。あいつの強行捜査による誤認逮捕が相次いだせいで本庁の面目は丸つぶれだ。本庁に戻りたかったら矢沢の暴走を抑えろ。お前の仕事はただそれだけだ」

 吉田は矢沢の監視役だった。

 思い込みが激しい矢沢が「お飲み物は……」が合言葉で、それにメモを見せるのが合図と捉えても不思議ではなかった。

 視野が狭い矢沢が、隣の店員が細工したドリンクが男子高校生に行きわたったことに気がつかなかったのも仕方あるまい。

 気づいた吉田は、ただ見守っていた。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 矢沢がじっと男子高校生を監視しているのを吉田は冷めた目で見ていた。

 しかし思わぬ展開になった。

「だよねー」を合図に別の男が立ち上がったのだ。

 立ち上がった若い男はカウンターに行き、ドリンクの交換を求めた。その際メモのようなものを女子店員が若い男に渡した。

 薬物の取引ではない何かアオハルな出来事が起こっていると吉田は感じた。

 しかし同じ出来事に対して違った捉え方をする者もいる。

 矢沢が興奮するのが吉田にはわかった。

 矢沢は吉田を振り返って頷いた。

 こんなあからさまな取引なんてないだろ。お前らも紛らわしいことをするなよ。

 吉田は頭を抱えた。

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