第17話 大河原百子

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 意中の人の声を大河原百子おおがわらももこは確かに聞いた。いつもながら緊張感がみなぎる。

 夕刻のクイーンズサンド。ここには授業を受ける前の千代田ゼミナールの生徒が毎日やって来る。しかし同じ人間が毎日来るわけではない。百子はひさびさに彼に会ったのだ。

 三つのカウンターレジにはそれぞれ女子高生バイトが立っていた。百子はそのうちのひとりに過ぎない。百子は自分の前に彼が来ることを期待した。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

 ほぼ同じタイミングで百子たちは彼らを迎えた。

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

「これで」彼のドリンクが決まるのに少し時間がかかった。

「承知しました。お会計は六百円です」

 ほぼ同じタイミングで、ヒューストンバーガーのセットメニューがオーダーされた。

 百子たちはバーガー、ポテト、ドリンクをそれぞれ分担して用意した。その方が効率的だったからだ。

 ドリンクのオーダーだけがバラバラだった。

 絵智香えちか愛梨あいりも確かめたから間違いはない。百子は自信をもってセットメニューが載ったトレイを渡した。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 彼が連れとともに近くのテーブルについた。

 百子は次の客の相手をしながら、彼の様子を窺った。

「……だよねー」という声の後、「ん?」と発した彼の声が、百子の耳にしっかりと届いた。

 そのおっとりとした顔が可愛いと百子は思った。

 運よく百子のレジに立った彼はドリンクを何にするか悩んでいた。だから百子はコーラを薦めたのだ。

 客に薦めるなど百子は滅多にしなかった。しかも声に出して言うのではなく、メニューのコーラの写真をとんとんと指で叩いて彼に薦めたのだ。彼はにこっと笑って「これで」と同意した。

 今思えば恥ずかしいことをしたものだ。

 彼は満足しているだろうか。きっと満足しているに違いないと百子は確信した。

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