第16話 天野絵智香
「おっと、今日は当たりだ!」
「え、何だって?」
若い男たちの声が耳に入り、
平瀬裕は千代田ゼミナールで物理を教える非常勤講師だった。絵智香も夏期講習で彼に教わったことがある。そして今はもうすっかり顔馴染みだ。
絵智香は嬉しくなった。しかし平瀬が都合よく絵智香の前に立つとは限らない。レジは三つあるからだ。そこでもしもの時のために絵智香は策を練った。
絵智香の前に男子高校生が来た。
「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」絵智香はうっかりいつものように営業スマイルを披露した。絵智香の微笑は殺傷力が高い。これまでも勘違いする男子が数えきれないほどいた。
「はい」男子高校生は店内で食べるようだ。少し緊張していると絵智香は感じた。
「では、ご注文をどうぞ」
「ヒューストンバーガーのセットで」
「お飲み物はいかがなさいますか?」
その問いに男子高校生は紙切れを見せた答えた。
「これで」
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こんど遊びに行かない? 返事はドリンクで返して。
「よろしくね♡」→コーラ
「あなたのことまだ良く知らないわ。だから保留。また誘って」→オレンジ
「タイプじゃないわ 二度と誘わないで」→ジンジャー
「私、彼氏いるの。だからダメ」→ウーロン
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絵智香は冷静に答えた。「承知しました。お会計は六百円です」
隣にいた
同時にカウンターに並んだ客がみなセットメニューを頼んでいたので、絵智香がポテトを用意し、愛梨がドリンクを用意した。
「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
男子高校生たちがテーブル席についた。
絵智香の前に平瀬裕が来た。
もし彼が別のレジに行ったら、愛梨に頼んでドリンクを炭酸にしてもらうつもりだった。そうすれば彼はドリンクの交換をしにやって来るだろう。その時平瀬の相手をすれば良いと考えていたのだが、その必要はなくなった。
しかし絵智香は平瀬のオーダー通りにドリンクを用意しなかった。平瀬はそれに気づかずにトレイを手にしてテーブルについた。
「……だよねー」
「ん?」
男子高校生たちの声が聞こえたが彼らの反応などどうでも良かった。
困惑した顔の平瀬がドリンクを手にしてやって来るのを絵智香は満面の笑みで迎えた。
平瀬が抗議してきたら、あの紙切れを渡して、だからコーラにしたと言ってやろう。どこかに連れて行ってくれるかな、と絵智香はワクワクした。
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