第15話 愛梨

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 それは愛梨あいりには聞き覚えのある声だった。

 愛梨はドリンクに蓋をして、遠目に声の主を見た。

(やっぱりあいつだ)

 愛梨にとっての要注意人物。かつて愛梨にこっそりと紙切れを渡した男子高校生の姿がカウンター越しに見えた。

 しかしその男子高校生は愛梨がいることに気づくことなく、今日のお目当ての絵智香えちかのレジにやって来た。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

 隣で絵智香と男子高校生のやりとりが聞こえる。愛梨は手を動かしながらその様子をうかがっていた。

 男子高校生は愛梨の存在に気づかない。

「お飲み物はいかがなさいますか?」

「これで」

 あの時と同じく、彼は絵智香に一枚の紙きれを見せた。

(また、それかよ。いったい何人に同じことをしているんだよ)

 愛梨は呆れた。

「承知しました。お会計は六百円です」

 絵智香がカウンターの下で愛梨に紙切れを見せた。

**************************************

 こんど遊びに行かない? 返事はドリンクで返して。

「よろしくね♡」→コーラ

「あなたのことまだ良く知らないわ。だから保留。また誘って」→オレンジ

「タイプじゃないわ 二度と誘わないで」→ジンジャー

「私、彼氏いるの。だからダメ」→ウーロン

**************************************

 ウーロン茶を用意してあげるよと愛梨は絵智香にささやいた。

 ありがとう、と絵智香の口が動いた。

 セットメニューが続いていたため効率を重視して絵智香がまとめてポテトを用意し、愛梨はドリンクを担当した。

 問題の男子高校生のウーロン茶をカップに注いでいるうちに愛梨の中に悪戯いたずら心が宿った。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 絵智香に見送られて、彼らはテーブル席へと移動していった。

 愛梨はカウンター越しに彼らの様子をうかがった。

「……だよねー」悲鳴のような声が上がった。

「ん?」連れの高校生が不思議そうな顔をしている。

 ウーロン茶の中に愛梨はこっそりとジンジャーを混ぜたのだ。

(二度と来るな、バカ!)

 愛梨はしてやったりと思った。

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