第9話 またまた別の俺

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 その声が聞こえた者は多かった。レジにいた店員をはじめ、列に並んでいた女子高生やら若い男やらも声の主をちらりと見遣った。

 しかし俺が注意を向けたのは矢沢やざわさんだった。

 コーヒーを手にする矢沢さんの鋭い目がひとりの男子高校生を捉えていた。

 その男子高校生が向かう先に目をみはるくらい可愛い女子店員がいた。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

 矢沢さんはやりとりをじっと見ている。

「お飲み物はいかがなさいますか?」

「これで」

 男子高校生はメモのようなものを女子店員に見せた。

 だめだろ、そんなことをしては!

 そんなことをしたら矢沢さんが……

「承知しました。お会計は六百円です」

 矢沢さんは立ち上がらず、じっと様子を観察している。どうにか耐えたようだ。

 矢沢さんと俺は所轄警察の刑事課「特任係」にいる。

 なお「特任係」と名乗っているのは矢沢さんだけで、正式には「六係」という。

 警視庁の捜査一課にいた矢沢さんはその強行な捜査手法のせいで陸の孤島とも言うべき「特任係」に飛ばされてしまった。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 男子高校生はトレイを受け取り、俺たちに近いテーブルにやって来た。

 その様子を矢沢さんは鷹のように見ていた。

 男子高校生は連れがバーガーを頬張る中、ひとりじっとドリンクを見ていた。

 矢沢さんもドリンクを気にしている。

 俺もドリンクを気にしていたが、それは別の理由からだった。

 矢沢さんは極端に視野が狭い。おそらく男子高校生と女子店員しか見ていなかっただろう。

 俺は隣の女子店員が何やらドリンクに細工するのを見た。ここで注意を向けるとしたらその女子店員の方だ。もっとも、注意を向けるつもりは毛頭ないが。

 やがてドリンクを吸いこんだ男子高校生が「だよねー」と叫んだ。

 すると別のテーブルにいた男が立ち上がった。そしてドリンクを手にしてカウンターへ向かう。

 矢沢さんの注意がその若い男に移った。

 うはあ、やめてくれ……

 若い男は、可愛い女子店員にドリンクの交換を促した。

 微笑する女子店員はドリンクを交換した。その際、若い男にこっそりメモを渡した。

 矢沢さんの目がきらりと光った。そして俺の方を向いてゆっくりと頷く。

 だからあ、そんなあからさまな取引ないって。

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