第8話 またまた別の私

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 その声を聞いた時、私の勘が小さな警鐘を鳴らした。何気ないひと言だが店内全体に響き渡ったからだ。

 考えれば考えるほどわざとらしさがつのる。杞憂きゆうかとも考え直したが、やつが順番を変えてまで真ん中のレジに向かったのを見て私は確信した。

 これは当たりだ。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

 私はテーブル席からじっと耳をすませていた。私は人一倍耳が良い。このくらいの距離なら普通の会話は聞こえるのだ。

「これで」

 今、何か紙切れのようなものを渡さなかったか?

「承知しました。お会計は六百円です」

 怪しいがもう少し様子を見るしかない。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 奴はトレイを受け取ると連れとともにテーブル席にやって来た。私との距離は縮まった。

 奴はドリンクの蓋をしばらく見つめた後、ようやくストローをくわえた。

 もしやあの中に……

 私は高ぶった。

 しかしこのタイミングではない。

 ドリンクを吸った奴は「だよねー」と叫んだ。

 それが合図だったのだろう。別のテーブルにいた男が立ち上がった。そしてドリンクを手にしてカウンターへ向かう。

 まさか……

 私の予想通り男は、奴が紙切れを渡した女子店員の前に立ち、手にしたドリンクを渡した。

 女子店員は微笑しながらそれを受け取り、別のドリンクを渡した。

 ドリンクの交換が行われたのだ。そして手にした紙切れを男に見せ、何やら囁いてからその紙切れを渡した。

 何だ、その紙切れは? 何が書いてある?

 男は紙切れに目を通すと何気なくそれをポケットにしまった。その瞬間、私の対象が男子高校生から若い男に変わった。

 奴を追う。私は決めた。

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