第5話 私

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 若い男たちの声が耳に入った。レジに並んでいる男子高校生のうちの誰かが発した言葉だろう。

 反射的にそちらを見た私は、高校生の後ろに平瀬ひらせ先生が並んでいるのを見つけた。千代田ゼミナールで物理を教えるアルバイト教師だ。東都大学の大学院生をしている。私も夏期講習などで教わってよく知っているのだ。

 私は嬉しくなった。しかし平瀬先生の前にうるさい男子の相手をしなければならない。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」私はうっかりいつものように営業スマイルを浮かべていた。

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

「お飲み物はいかがなさいますか?」

 英会話の定型文のようなやりとりが続いた後、その男子は紙切れを取り出して言った。

「これで」

 強盗かと思って身構えた私は拍子抜けするのを感じた。ただのナンパなのだ。

「承知しました。お会計は六百円です」

 こうした客の相手は慣れている。私はいつも通りに答えた。そしてカウンターの下で隣にいた愛梨あいりに紙切れを見せた。

 愛梨はウーロン茶を用意すると言ってくれた。

 同時にカウンターに並んだ客はみなセットメニューを頼んだので、私が三人分のポテトを用意し、愛梨が三人分のドリンクを用意した。

 カップの蓋越しに見ても、愛梨が用意してくれたドリンクはウーロン茶だった。その色にコーラの濃さはなかった。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 ナンパしてきた彼とその連れがテーブル席についた。

 幸運なことに次の客は平瀬先生だった。仕事があるときに平瀬先生が炭酸を飲まないことは知っていた。でも私は平瀬先生にかまって欲しくて、平瀬先生のオーダー通りにドリンクを用意しなかった。

 そのことに気づかずに平瀬先生は私からトレイを受け取り、先ほどの高校生たちの隣のテーブルに腰掛けた。

「……だよねー」

「ん?」

 男子高校生たちの声が聞こえた。

 平瀬先生が立ち上がって私のもとにやって来る。

 私は嬉しさを顔いっぱいに浮かべて迎えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る