第3話 また別の俺

 バイト前に俺はクイーンズサンドに入った。たまに早い夕食をここでとることがあるのだ。

 店内は空いているようだったが、それでも高校生らしき男どもが数人いた。俺がバイトしている千代田ゼミナールの受講生だろう。

「おっと、今日は当たりだ!」

「え、何だって?」

 どこの世界にも目敏めざとい奴とぼーっとした奴はいる。カウンターレジに立つ女子店員の中に天野絵智香あまのえちかがいた。この店の看板娘だ。彼女を見つけてテンションが上がる奴がいても不思議ではない。そしてそうしたことに全くうとい奴がいるのも世の常だった。目敏い方の奴は、後ろにいた奴を先に行かせて、自分は天野絵智香の前に向かった。

「いらっしゃいませ、こんにちは。店内でお召し上がりですか?」

「はい」

「では、ご注文をどうぞ」

「ヒューストンバーガーのセットで」

 俺は奴らがオーダーする様子を何気なく見ていた。ひまですることもなかったからだ。

「お飲み物はいかがなさいますか?」

「これで」とそいつは何やら紙切れのようなものを取り出して天野絵智香に見せた。

「承知しました。お会計は六百円です」

 ドリンクは指定しなかったな。紙に書いて見せたのか。

 それが不穏なやりとりのように思えて、俺は少々落ち着かなかった。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 そいつのオーダーは少し遅れて提供された。

 俺はそいつと入れ替わりに天野絵智香のレジに立ち、いつものチキンサンドとウーロン茶のセットを頼んだ。バーガーには炭酸が合うのだが、バイト前の炭酸は控えることにしている。俺の腹は繊細で、炭酸を飲むと腹が張ったり、下痢をしたりするからだ。

 さきほどの高校生たちのテーブル近くに陣取って彼らの会話に耳をたてた。

「……だよねー」

 天野絵智香のレジでオーダーした高校生が落胆したような声をあげた。

「ん?」と連れの高校生は不思議そうな目を向けていたが、俺も同じだった。

 何気なくドリンクのストローをくわえ、思い切り吸い込んだら、それがウーロン茶ではなくコーラだったために俺はむせてしまった。

 間違えるなよ。

 俺はコーラを手にして取り換えてもらうためにレジに向かった。

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