第三話 双子の兄弟、準 ひとし 淳 あつし

 私は兄が嫌い。二つ上で、今度中学三年生になる。一卵性双生児らしく、声も顔も性格もそっくり。私でも見分けは難しい。それを利用して、昔から私をからかって楽しむ、性格の悪さがイヤ。放っておいて欲しいのに、なんやかんや理由をこしらえて近寄り、つまんないイタズラをして逃げ去る、ウザさがイヤ。下の姉はとっても優しくて、おかずを分けてくれるのに、二人の兄は逆に私のおかずを奪っていく、意地汚さがイヤ。まだまだ数え上げればキリがないけども、抵抗せず大人しくしていれば、すぐに飽きてどこかへ行く。だから私は、いつからか兄にちょっかいをかけられても、ジッと我慢するようになった。


「あ~やっ! 俺だ~れだ?」

「ん?」

「準か淳か? 当てろよ」

「……」

「なあなあ、どっちか分かるだろ? 当たったら俺のゲーム貸してやるからさ~」

「いい、いらない」

「じゃあ一緒にやろうぜ」

「ん~」

「暇なんだよ、遊ぼうぜ~」


 ホントは答えを知っている。見た目では区別がつかないけども、喋れば分かる。微妙なイントネーションの違い。自分を「オレ」と呼び、私を「あーや」と呼ぶのが兄の準。自分が「俺」で私が「あ~や」なのが弟の淳。「オレ」と「俺」では、「オレ」の方がやや短くて固く聞こえる。「あーや」と「あ~や」も同様で、「あーや」の方が短く固い。つまり、今目の前にいるのは弟の淳。でもうっかり答えを口走ったら、私は下の兄に捕まって、平穏な時間が奪われてしまう。上の兄が帰宅するまで、ゲームでボコボコにやられて、ストレスが溜まるだけ。下の兄が飽きるまで、五分か十分か、私はオウムのような返答を繰り返す。これが平和な生活を守る知恵。


「なあなあ。サッカーでも野球でもいいからさ~」

「……」

「じゃあ、あ~やが勝ったら何でも一つ言うこと聞いてやるよ」

「ん?」

「何か欲しい物ある? 去年のお年玉残ってるし、買ってもいい」

「どうせ勝てない」

「勝てないからやりたくないのか? じゃあ人生ゲームか桃鉄でもいい」

「ん~」

「なあなあ~」

「……」

「じゃあさ、欲しい物だけ言えよ。何が欲しい?」


 私には欲しい物なんてない。どうせ手に入らない。望むだけ無駄。


「な~に~が~、欲~し~い~?」

「……」


 何か今日の兄はしつこい。いつもなら、とっくに部屋に行って一人でゲームを始めているのに。早く部屋に行って欲しい。そう思った私は、手に入るはずもない物の名を口にすることにした。兄の少ないお年玉程度では、絶対に買えない物って、何だろう?


「その顔は、何か考えてるんだよな?」

「……」


 兄の問いかけには答えない。もしかしたら、このまま部屋に戻ってくれるかも知れない。そんな風にも思ったけども、兄は私の顔を見たまま、動く気配がなく、私の答えを待つつもりらしい。いつもと違う、不可解な行動だった。


「……」

「……」


 欲しい物。改めて考えると、何も思い付かない。考えたこともなかったから。私が興味ある物って、何なんだろう?


「……」

「……」


 昔、欲しくて母に泣いてねだったのは人形だった。でも今はそんなの興味ない。あっても邪魔だし、お人形遊びって年齢でもない。


「……」

「……」


 じゃあ食べ物? でも特に食べたい物なんてない。口に入れば十分。強いて言うなら唐揚げは大好物だけども、兄にねだる物ではない。それに、兄のお年玉で買える物を言ったら、ゲームの相手をしなければならなくなる。


「……なあ、何か考えてるんだよな?」

「ん」

「……このまま待ってたら、一時間かかりそうだな~」


 もう一度確認した兄だけども、やはり部屋に戻る様子はない。座っていた姿勢を崩し、床に寝っ転がって私の顔を眺め始めた。茶化しただけで、私の返事をずっと待つつもりらしい。玩具は要らない、食べ物もない。とすると服? 姉が中学生時代に使っていた制服が、タンスの奥に仕舞ってある。お下がりを母が仕立て直すために。でも、下の姉のナイスバディでは、ブカブカすぎる。母が上手く直してくれるだろうか。サイズが違いすぎて難しくないだろうか。


「……制服」

「制服?」

「ん。中学校の制服」

純姉すみねえちゃんのがあるだろ?」

「合わない」

「あっ、サイズか~! 確かにな~」


 嫌い。私がちっちゃいからって、そんな風に笑う兄が大嫌い。デリカシーがない。配慮がない。私だって、気にしてるんだよ。でもしょうがないじゃない!


「食べ物、全部持ってっちゃうの淳兄あつにいでしょ!」

「お、おう……」


 心の中で文句を言うつもりだったのに、思わず声に出ちゃった。怒られる……?


「いや~、育ち盛りだからさ~」

「そんなつもりじゃなかった、ごめんなさい」

「俺もゴメンな~」


 良かった。兄は私が答えたので満足し、部屋に帰った。うっかり正解を口走ったのに、気付かれなかった。それに、学校の制服なんて買えないんだと思う。親のお給料でも難しいんだから、兄の貯金じゃ無理に決まってる。ようやく平穏を取り戻し、私は下の姉から借りた漫画の続きに没頭した。

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