第二話 下の姉、純子 すみこ
「お帰りなさい。ちょうどご飯、できたわよ~」
「今日はまた豪勢だな。何かの記念日だったか?」
「いいえ、安売りしていたから。先に食べてて~」
父の背広を脱がせると、母はパタパタとスリッパの音を立てながら奥の部屋へと消えた。入れ替わるようにリビングに入って、私の頭をぐちゃぐちゃっとかき混ぜる下の姉。
「美味しそう。
「ん、そうだよ」
「んー、えらいっ!」
そう言って、もう一回頭をぐちゃぐちゃにする。これは下の姉なりのご褒美、愛情表現のつもりらしい。でも私には迷惑でしかない。
「ん、もう、やめてよ髪の毛が乱れる」
「んー、またまたー」
そしてもう一度。ホントにやめて欲しい。
「さあ頂くぞ。純子も絢子も座りなさい」
「いただきまーす!」
「いただいてま~す!」
「絢、早くしないとなくなっちゃうよ」
「ん~」
どうでもいい。どうせ私の食べる分なんて、焼き肉一枚程度しかない。二人の兄が競うように食べ尽くしてしまう。母の分は残るだろうか。なるべく大きいのを取って、ゆっくり味わって食べよう。そんなことを考えながら、私も食卓に腰掛けた。
「頂きます」
「いっただっきまーす」
「よし、頂こう」
「この肉、めっちゃ美味い!」
「な、美味いよな。筋も少ないし、いつもの肉とは違う」
「今日のはね~、ホントなら買えないような良いお肉なのよ~」
数分して、母も部屋から戻って来た。背広にアイロンをかけ、除菌スプレーをしてから戻る。いつもそう。既に大皿のお肉は半分消えていた。私はご飯の上にある大きなお肉を、大事に大事に齧っては、少しずつご飯を口に放り込んでいった。
「お代わりー!」
「俺も~!」
「はいはい、ちょっと待ってね~」
「あ、いいよ、お母さんは食べてて。私が持って来る」
ほとんど食べ終えていた上の姉が、腰を浮かせかけた母を制止して台所へ向かった。その間に二人の兄はキャベツを取り皿へ移し、醤油マヨにしようか、ソースにしようかと言い合っていた。上の姉が、お茶碗半分ほどのご飯を盛り付けて戻ると、今度はキャベツを乗せてご飯をかき込み、また肉の争奪戦を始めた。よく食べるなあ、なんてボーっと眺めながら、私はタクアンを口に運ぶ。タクアンも大事に食べなければいけない。お肉の取り分が少ないのは、母も私とおんなじ。その母が、ご飯のお供にするのがタクアン。だから、タクアンもあんまりいっぱい取れない。この一切れは、最後まで取っておかねば。
「ごっそうさん!
「オッケ~、
「ひーくん、あーくん、宿題は?」
「めんどくせー」
「こら! 先に宿題やってから!」
「だいじょぶだって、明日朝やるよ」
「そんなこと言って、絶対やんないでしょ!? 先・に・や・ん・な・さ・い!」
「チェッ、分かったよ」
渋々、といった感じで、二人は二階へ向かった。
「あ、こら! 片付けは!? もう、しょうがないなあ」
「いいのよ。後でやるから~」
「お母さんはまだ食べてんじゃない、私が片付けておく」
「アルバイトで疲れてるでしょ~」
「ううん、全然。今日は二時間だけだったし。お母さんこそ、今夜もシフトあるんでしょ?」
上の姉は、家計を助けるためにコンビニでアルバイトをしている。姉の通う公立高校は、原則アルバイト禁止らしい。だけど正当な理由があって、申請すれば特別に許可が出る場合がある。おんなじ高校に通う下の姉も、家庭の事情という理由で許可を貰っている。上の姉はバイト代を全て家に入れているけども、下の姉は半分を自分のお小遣いにしている。好きな音楽と漫画を買うため、リサイクルショップで働いていて、店員割引きで手に入るらしい。趣味と実益なんだって。
「ご馳走様」
「お粗末様~」
とっくに食べ終わって、台所で洗い物をしている上の姉と、テレビの前でくつろぐ父。下の姉も食べ終わって、残るのは私と母だけになった。食べ始めたのが数分遅かった母も、もう食べ終わりそう。でも私のお茶碗には、まだ半分のご飯と、残り僅かになった肉の切れ端が残っている。そこへ、横から何かが差し出された。
「絢の分だよ。私が取っといた」
「ん~?」
「どうせまた、ちょっとしか取れなかったんでしょ。そんなんじゃ大きくなれないよ、私みたいにねっ」
大きな胸を目の前で揺らしてみせるのは下の姉。AAカップの私と違って、CかDはあり、まだまだ成長中のご様子。洋服のお下がりを貰うと、サイズが違いすぎて直すのが大変らしい。
「残さず食べてね」
「ん、ありがと」
ニマッと笑うと、また私の頭をぐちゃぐちゃにしてから、下の姉は父親のと二人分の食器を抱えて台所へ向かった。食欲の乏しい私のお茶碗の上に、ドドンッと乗った存在感いっぱいのお肉を、さてどうしたもんかと悩んでから、一先ず残っていた肉の切れ端の方を片付ける。半分になったタクアンはそのままに、大きくて新しい、でも冷め切ったお肉を、さっきより大胆に齧るのだった。
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