【朗読あり】のんきでどんくさい私

武藤勇城

第一話 上の姉、惇子 あつこ

「今日はお肉よ~」

「マジで!?」

「特売日の見切り品、運良く買えちゃったの~」

「すっげえ~霜降りだ!」

「美味しそう」

「肉野菜炒めにしましょうね。お姉ちゃん、手伝って~」


 上の姉と二人の兄が騒いでいる様子を、私はボーっと眺めていた。食べられれば何でもいい。お腹に入っちゃえば、みんなおんなじ。それに、どうせ私の取り分なんて、ちょっとしかない。


「ほら絢子あやこ、あんたも手伝って!」

「ん~」

「今日は純子すみこ、バイトで少し遅くなるって言ってたから、お母さんが大変でしょ!」


 エプロンを身に着けながら、私の目の前に仁王立ちしたのが、今度高校三年生になる上の姉の惇子あつこ。本来受験シーズンで大変な時期だけども、大学に行く気はないらしい。理由は家庭の事情。つまり貧乏だからと言っている。父親の稼ぎはそこそこあるらしい。でもそれ以上に出費が嵩む。高校生の姉二人に、中学生の兄二人。今度中学校にあがる私。五人兄弟の生活費だけでいっぱいいっぱい。借金の支払いもあって、家計はいつも火の車。服は全て姉のお古。平均より大きい二人の姉の服は、小柄な私には大きすぎる。だから母がいつも、私に合うよう繕い直してくれる。


「ほら! もたもたしない!」

「ん」


 二番目の姉がいつも使っているエプロンは、やはり大きい。紐を結ぶとお尻の下になってしまう。見かねた姉が、「もう、どんくさいわね!」と手早くエプロンを二十センチほど折り返して、私に合わせて結んでくれた。上の姉は母に似て家庭的。家事は何でも手早くこなすし、ちょっと厳しいけども、面倒見は良い。器量よし、とはこういう人を指すのだろう、なんて考えていたら、軽くお尻を叩かれた。


「何ボーっとしてんの。さ、キャベツ洗って」

「ん~」

「ボウル出してあるからね」


 蛇口を軽く捻って、ボウルに水が溜まるのを待つ。ゆっくり水位が上がっていく様子をボーっと眺めていた。昔から欲しい物を買って貰えた記憶なんて何一つない。幼稚園の頃、友達が持っていたお人形が欲しくて泣き喚いたことがあった。母は「ごめんね、買えないの~」と困った顔をするばかり。それで私は悟ったんだ。欲しいと思っても無理。どんなにねだっても無駄なんだって。それ以降、徐々に物欲がなくなっていった。


「もう、絢子! お水が溢れてんじゃない! 何やってんのよ」

「ん、考えごとしてた」

「考えごと? ボーっとしてただけでしょ!」

「絢子はまだ小学生なのよ。少し大目に見てあげて~」

「分かってるけどもさ。どんくさくて、見てらんないっていうか」

「お姉ちゃんみたいに、何でもできる子の方が少ないのよ~」

「とにかく絢子、キャベツ洗って!」


 ラップで巻かれていたキャベツを取り出し、ボウルへ。キャベツをくるくる回してから、ザバーっと出し、まな板に乗せようとすると、また上の姉にお尻を叩かれた。


「ちょっと、絢子。それは何をしようとしてんの?」

「切る……」

「じゃなくって! キャベツ! 洗ってないでしょ!」

「ん? 洗ったよ」

「それは洗ったとは言わない! 水に浸けただけ!」

「ん~?」

「ほら、こうやって、水の中で掌で擦んの! あ、強く擦ったらダメよ、軽くね」


 上の姉が手本を見せてくれたので、見様見真似でキャベツを洗う。何か言いたげな姉の視線を感じながら、もう一回ザバーっとキャベツを取り出す。そのまま、まな板へ移動させると、もう一発お尻に飛んで来た。


「水! そんなビチャビチャのまま乗せない!」

「ん~」

「もうちょっとこうさあ、水を切ろうとは考えないの?」

「だいじょぶかなって」

「ダメに決まってんでしょ! あとで掃除が大変になんじゃない!」

「ん~?」

「ほら、逆さまにして、葉っぱの間に入った水も出して! そう、それで、チャッチャッて何回か振って。うん、まあいいわ、じゃあ半分に切ってね」


 お尻がジンジンする。そんなに強くはないけども、何度も叩かれたので赤くなってんじゃないかな? お風呂場で見てみよう。そんな私のお尻に、また一発。


「ん、もう、痛いよ惇姉あつねえ

「あんた、学校で家庭科の授業やったでしょ!? 危ないからキャベツはしっかり押さえて! 指は丸めて猫の手!」

「ん~?」

「こうやんの、見てなさい」


 考えごとをしながら切ろうとしたので、包丁の切っ先を入れたキャベツが転がりそうになっていた。そんな私の手から包丁を奪い取ると、上の姉は手際よくキャベツを半分にして、千切りを開始。あっという間にキャベツ半分が細かく刻まれていった。


「分かった? じゃああと半分、お願いね」

「ん~? 惇姉がやった方が早くない?」

「それじゃあんたのためになんないでしょ! や・っ・て!」


 私がキャベツと格闘する間に、母と姉は手早く料理をして、順番に食卓に並べていった。私の不格好な千切りキャベツを水にさらし、大皿に盛り付けると、焼き上がった肉野菜炒めを乗せて完成。タイミング良く帰宅した父と下の姉は、部屋中に満ちた焼き肉の香りと、大皿いっぱいの料理に目を丸くした。

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