悲しき熱
マイが一緒なら川辺よりも整備された場所が良いと思い、彼岸花の咲く公園で待ち合わせた。
真っ赤な絨毯が一面に敷かれているような場所だ。試し撮りに何度かシャッターを切った。
「だーれだ?」
データを確認していると、後ろから手で目を塞がれた。ふわりと甘い香りがした。砂糖菓子と薔薇の香りを混ぜたようなイメージ。マイの香りだ。ああ、この甘美な香りに包まれていたい。顔に触れそうな指を掴んで頬擦りをしたい。一本一本指を吸い尽くしたい。
「叔父さん?どしたの?聞いてる?あたし、マイだよ?」
無言で固まっている私を心配したようで、早々に種明かしをされてしまった。
「あ、ああ、なんでもないよ。歩きながら撮影場所探そうか」
「うん!」
マイはいつもと違う制服姿だ。
「セーラー服なんて持ってたのか」
「えへへ。彼岸花といえばこれでしょ!ネットで買っちゃった」
漫画のキャラクターをイメージしたらしい。
撮影場所は、他の人の邪魔にならないよう、なるべく端の方を選んだ。
「マイ、笑顔でピースも良いんだけど、ちょっと暗い感じも欲しいな」
彼岸花と憂いを帯びた少女を思い浮かべていた為、あまりにも眩しい笑顔を向けられて面食らってしまった。
「おっけー!」
マイは表情をつくるのが上手かった。伏し目がちに髪を耳にかけたり、薄く唇を開いて彼岸花に手を伸ばす様子は何か物語を想像できた。
私はマイから離れたり近付いたり、色々な角度でシャッターを切った。
少し場所を変えてみようかなんて話しながら、公園を歩いていた時だ。
「あれ?マイじゃん」「あ、ホントだ」
マイと同じくらいの年頃の男女だ。友達だろうか。私は黙って様子を伺った。
「なにその制服、コスプレ?つーか、オッサン連れてるしパパ活?」「うわ、コスプレデートとかエロいんですけどー」
男女は笑いながらスマートフォンでマイを撮っている。
マイは俯いたままだ。
一頻り撮ると「拡散しよ」なんて言いながら男女は去っていった。
「行こう、叔父さん」
マイは全てを諦めているようなそんな顔をしている。
「マイ……まだいじめられているのか?」
「……そうだよ!中学からずっとね!環境が変わっても人が変わっても、なんにも変わらないんだーって感じ。叔父さんにもトバッチリだったねごめん」
私は、何も言えなかった。そして、もしかしたら私の前だけでは明るく振舞っているのかもしれないと思うと愛おしくて堪らなくなった。
「マイ、風が冷たくなってきたし、帰ろうか」
「え……さっきのことなら気にしなくていいのに」
「紅茶、沢山余ってるんだよ。叔父さんはあまり飲まないからね」
玄関先で、私はマイを抱きしめた。首筋に鼻を擦り付け、太腿をまさぐる。
「やめて!」
マイは身をよじり、私を突き飛ばした。
力なく床に転がる私を放って、マイは外へ出て行った。
もう、マイが私の家へ訪れることは無いだろう。
マイにとって唯一の居場所だったかもしれない。マイ。すまない。私はもう、欲を抑えることができなかった。
私は毎年、彼岸花が咲く時期になるとマイを思い出す。マイを思って身体の熱を吐き出し、マイを思って涙を流す。
彼岸花の思い出 鷹野ツミ @_14666
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