彼岸花の思い出
鷹野ツミ
背徳の愛
近所の川辺に彼岸花が咲き始めた。
咲き方は疎らだが、赤が鮮やかで美しい。
カメラくらいしか趣味の無い中年オヤジの私は、今年はどんな角度で撮ろうかと考えながら家路についた。
「叔父さんっ!おかえり!」
ドアの鍵が開いているかと思えば、姪のマイが私のパソコンを開いてソファーで寛いでいた。
ブレザーとリボンが床に投げ捨ててあり、ワイシャツからは下着が透けている。脚を組み変えれば短いスカートから覗く太腿が強調された。
「また写真見てたのか?」
私はマイのブレザーをハンガーに掛けながら冷静に問う。
「うん、叔父さんの写真好きなんだもん。これとかいつ撮ったの?彩度いじってるよね?」
マイは画面を指差しながら楽しそうに言う。
そんなマイを横目に、私はお湯を沸かし始めた。ひとり暮らしの私の主食はカップ麺だ。マイはダイエット中だというのでインスタントの紅茶だけ用意した。
カップ麺とティーカップにお湯を注ぎ、テーブルへ運ぶ。
「もう遅いから、これ飲んだら帰りなさい」
「……はあい」
マイの横に腰掛け、カップ麺が出来上がるのを待ちながら彼岸花のことを思い出した。
「明日、彼岸花撮りに行こうと思ってるんだけど、マイも来るか?」
「え!行くー!」
嬉しそうに白い歯を見せるマイを見て、私も自然と笑みがこぼれた。
マイは「明日に備えなきゃ」と言って、ブレザーを雑に着て玄関へ向かった。
「また明日ね!」
「うん。また明日」
残った紅茶からはまだ湯気が出ていた。ティーカップにリップの色が付いている。桜色に染まった一部を指でなぞった。
マイが私の家に出入りするようになったのは、中学生の頃からだったと思う。
親戚同士仲が良く、正月の集まりは広いマイの家で毎年行われている。私は必然的にカメラマンとしての役割を担っていた。
それぞれ酒が回ってきて「マイ、学校はどうだ?好きな子できたか?」なんて誰かが聞いた時だった。マイは突然泣き出したのだ。二階の自室に走っていってしまった。
一瞬静まり返ったが、「年頃だな」「悩みくらいあるわよね」「大きくなったな」等口々に言い始め宴会は再び盛り上がった。
マイだけ写真に写らないのもどうかと思い、私は二階へ上がった。
「マイ、叔父さんと少し話さないか。良い写真が撮れたんだ」
適当な理由でノックすると、ゆっくりと扉が開かれ、招き入れられた。
「……どんな写真?」
マイはベッドの上で体育座りに顔を埋めている。視線だけが床に居る私に向けられた。
「ああ、ええっと、そうだな……」
スマホに入っているデータを確認し、いつだかの薔薇園で撮ったものを見せた。
「ほら、綺麗だろう?この一緒に写っているお姉さんは薔薇園で見かけて、凄く綺麗な人だったから声を掛けたんだよ。いやあ、綺麗な横顔……この長い脚も良い……」
途中で変態くさいことを言っているなと気まずくなったが、マイは「変態じゃん」と言ってくすくす笑ってくれた。
そして、先程泣き出したのは中学校でいじめられているからというのが理由だった。好きな人からも汚い言葉を浴びせられたことが一番辛かったとぽつぽつと語ってくれた。
「……今度、海外旅行に行った時の写真を見せてあげるよ。外国のお姉さんはそれはもう本当に綺麗でさ。パソコンにデータが沢山入ってるから」
私にいじめをどうにかすることは出来ない。せめて気を紛らわせることが出来たらいいと思ったのだ。
「じゃあ、パソコン見に行く!叔父さんの家近いからすぐ行けるし」
「うん。いつでも遊びにおいで」
マイはもう高校三年生だ。以前より来る頻度は減ったが、週に一回は私の家へ訪れる。
私は、年々美しくなるマイへの欲を抑えるのに必死だ。
丸く盛り上がる胸を揉みしだき、瑞々しい太腿を舐め回したい。そうして私は突き飛ばされるのだ。見上げれば氷のように冷たい視線、それは早朝アスファルトの上に散った吐瀉物を見るような目だ。私を踏みつける脚はなんと滑らかで艶めかしいのだろう。
マイの使ったティーカップに口付け、マイの温もりが残るソファーの上で、私は身体の熱を吐き出した。
伸び切ったカップ麺の臭いが鼻をついた。
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