コーヒー

黒い表面をなでる湯気が、ふわりと天井にのぼっていく。テーブルは上塗り薬で、にぶく照明を反射して、柔らかな店内の雰囲気を醸し出している。

そっと、コーヒーを口に運ぶ。甘い香りがひとすじ、鼻へ抜ける。このとき、普段の生活から、一歩距離を置いたところにいる感じがする。たったひとりの充実したひとときだ。

たまに、喫茶店に入り、ひとりの時間を楽しんでいる。時間に急かされることのないひとときを楽しんでいる。こういう時間がないと、どうも、息苦しい。というより、本当は、そういう時間にひたっていたいのだが、現実そうもいかない。やるべきこと、とか、やって当然のことばかり。まわりに歩調を合わせて、今の時代の人間らしく振る舞う。忙しなくて、やっていけないと何度も思う。そういった苦しみから、ほんのひとときではあるが、解放される時間が、たまらなく大切に思われる。


店のすみっこ、壁際で、窓の外を眺めると、いささかの優越感みたいなものを持つ。自分はそこにいないから、別の次元にいるような気分になっている。今の世の中に不満があるのだろう。自覚しないようにしているが、誤魔化しきれない。


癒しと、少しの自虐の時間。悪いものは、黒いコーヒーに飲み込んでもらおう。

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