第30話  「気づいてないと思ってたの?」 1章完

 「二人とも帰ったの?」


 リビングに戻ると、ソファでくつろぐ母親にそう声をかけられる。


 「うん」

 「そう、じゃあちょっと私とお話ししよっか。こっち来てよ」


 ソファの横をとんとんと叩きながら、母親は俺を呼び込む。あまり意識してなかったが、こうして母親と話す機会はなかなかなかった。


 俺は断る理由もなかったから、頷いてソファに腰を下ろした。


 「腕、まだ痛い?」

 「うーん、今はそんなにかな」

 「そう。聞いた話でしか知らないけど、珊瑚ちゃんを守ったんでしょ? ありがとうね。珊瑚ちゃんはさくらにとってすっごく大切な人だから」

 「え……?」


 母親の言い回しには妙な違和感があった。まるで俺が桃井さくらではないような。

 いや、あるいは気づいてるのかもしれない。

 その答え合わせは本人によってすぐに行われた。


 「気づいてないと思ってたの? ずっと前から気づいてたわよ」

 「な、なんで……?」

 「なんでって、私が何年さくらのお母さんやってると思ってるの。最初から気づいてたっつーの」


 もっともだ。彼女は桃井さくらが生まれたときからずっとお母さんで、衣食住を共にしてる。

 珊瑚ちゃんにすら気づかれたのだ、母親が気づかないはずがない。


 「ご飯の食べ方とか、癖とか、お風呂に入る時間とか全然違うんだから。むしろ気付かなかったら親失格だわ」

 「あの……」


 親からしたら、娘の身体をどこの馬の骨かもわからないようなやつに乗っ取られた形だ。

 俺は何を伝えれば良いのかわからない。当然怒っているだろう。俺はそれを甘んじて受け入れるだけだ。


 「別に怒ってないわよ」


 そんな俺の考えを見透かすように、母親は首を振る。


 「なんで……?」

 「別にあなたがさくらから無理矢理身体を奪ったわけではないんでしょう? それならあなたに怒るのは筋違いじゃない。あなただって被害者なんだから」

 「それならなにを話そうって……」

 「ん? ただ、あなたのことを知りたかっただけよ。もちろん最初にさくらじゃないって気付いたときは頭がどうにかなりそうだった。でももうあなたとの生活も一ヶ月も経って、あなたが悪い子じゃないことは知ってるから」


 俺は良い子ではない。自覚がある。何せ珊瑚ちゃんを傷つけたのだ。でもそんなことは母親が知るよしもない。


 俺がなにも言わずに黙っていると、母親が再び口を開く。


 「あなたはどうして自分がさくらになったのか知ってる?」

 「……俺はトラックに跳ねられて気付いたらこうなってて」

 「……男の子だったの?」

 「え、はい」


 なんだかデジャブな展開だ。同じようなやり取りを昨日、珊瑚ちゃんともしたばかりだ。


 「そ、そう。ねえ、素朴な疑問なんだけど、さくらっておっぱい大きいじゃない? どういう感覚なの?」

 「どういう、というのは?」

 「ほら、やっぱりえっちな気分になったりするの? 男の子がさくらのおっぱい見たら、皆興奮するんじゃないかなぁって」

 「この身体になってからあまりそういう気分には……」

 「あらそう。じゃあ、まだえっちなことはしてないんだ?」

 「まぁ……」


 何をもってえっちなこととするのかはわからないが、それが自慰行為を指すのであれば、俺はしていない。


 「じゃあさ、二人のことはどう思ってるの?」


 二人とは十中八九珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんのことだろう。


 「ちゃんと向き合って、答えを伝えるつもりです」

 「そうしたげて。あの子達は本気だと思うから」


 しばらくの無言。いったいなんの時間だろうか。もしかして俺からなにか話さないといけないのだろうか。


 「あの……」

 「ん?」

 「さくらさんが……中学時代いじめられてたって話を聞いたんですけど……」

 「ああ、その話。珊瑚ちゃんからは聞いてない?」

 「あまり詳しくは……」


 結局うやむやになったまま知ることはできなかった。正直、友達がいじめられて苦しんでいたことを話したがる人もそういないだろうから、自分から積極的に聞かなかったが。

 もちろんそれは、親からしても同じことだろう。でも今聞かなかったらもう聞く機会がないように思えた。


 「そう……。まぁ、あなたは知っておいた方がいいかもね。一応きっかけとしては、さくらがクラスの一軍って言うのかな……、の女の好きな人に告白されて断ったから。それがその女にも伝わって、生意気って……。どっちが生意気だよって話だけどね。その上、さくらは身体の成熟も早かったり顔も普通に可愛いから、男子にそこそこモテてたみたいでね、さくらに告白した男の子含めてさくらに味方してくれる男の子がクラスでも何人かいたみたい。でもそれが火に油を注ぐことになった。男に媚びてるだのなんだの言われて、もっといじめは過激になっていった」


 そこまで話す頃には母親の声は震えていた。当時のことを思い出したのだろう。話を聞くだけでも酷いいじめだったことがわかる。


 「あの……辛かったら無理しないでも……」

 「ううん、あなたは知るべきだと思うから。……その頃になるとね。もう私にも誰にも心を開かなくなって、ずっと部屋に閉じ籠ったの」


 あの部屋には閉じ籠る際になにかをするようなものはなかったように思える。彼女はずっと部屋で何をしていたのだろう。四六時中、うなされてたり……したのだろうか。


 「そんなとき、さくらの部屋に珊瑚ちゃんが毎日熱心に通ってくれて、それで少しずつ心を開いてくれて。引っ越すことも考えたんだけどその時のさくらにとっての心の支えが珊瑚ちゃんだったから、引っ越さなかった」

 「…………」

 「その頃になると、学校でもいじめが問題になって、主犯の女たちは停学とかの処分になったらしいわ。でも、さくらが普通に学校に通うことはなかった。二年生になってからは保健室登校を始めて、珊瑚ちゃんと一緒に勉強も頑張って、さくらのことをいじめてきた女が行けないような私立の進学校に進学した……って感じかな」


 珊瑚ちゃんはここまでしても、自分はなにもできなかったと言ったのか。それともなにもできなかったと思ったから、ここまでしたのか。

 少なくとも、当時の桃井さくらにとって珊瑚ちゃんの存在ほど大きなものはなかっただろう。


 「ありがとうございます……。話してくれて」

 「敬語じゃなくていいよ。私はあなたのことをさくらとして接するとか、そんな割りきれたことはできないけど。……でも、あなたのことを蔑ろにしたいわけではないから。普通の親子みたいに、ね? 私もあなたのことをもう一人の子供みたいに接するから」

 「どうしてそこまで……? 俺はあなたの娘の身体を奪ったんですよ?」


 さっきの話を聞いて、彼女が桃井さくらのことをどれだけ大切に思っているかは伝わる。

 それなのに、どうしてここまで俺によくしてくれるのだろう。


 「わざとじゃないんでしょ? ……確かに私はまだあなたのことを実の子供としては見れてないけどさ、一緒に暮らしてるのにずっと他人みたいな距離感じゃしんどいじゃん?」

 「まぁ……」


 それはその通りだ。現に今、俺はかなりの気まづさを感じているし。


 「だから、ね?」

 「そういうことなら……」

 「でもあなたはさくらじゃないから……さくって呼ぼうかな。これなら男の子でもおかしくないよね?」

 「多分……」

 「じゃあ、さく! これからよろしくね?」

 「よ、よろしく……お願いします」

 「敬語禁止!」

 「よ、ろしく……」

 「今日のところはそれで許してやろう」


 おそらく彼女も頭の整理はついていないのだろう。でもどうにか俺を受け入れてくれようとしている。

 もちろん彼女にとっては、桃井さくらが戻って来るのが一番だろう。でも、戻ってこない可能性も考えている。

 こうして真剣に俺と向き合おうとしてくれている。ならば俺も応えなければ。彼女の子供として、歩み寄っていこう、少しずつでも。

 

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負けヒロインは俺と百合になれ~ハーレムラブコメの負けヒロインにTS転生したので、推しの負けヒロインと百合になります~ 凪奈多 @ggganma

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