第28話  「おやすみ」

 「ご馳走さまでした」


 俺が食事を終えるのとほぼ同時に、珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんも食事を終えたようだ。


 「食べ終わったならちゃっちゃとお風呂入っちゃって。あ、あとさくらはちょっとこっち来て」


 母親に呼ばれ、俺は首を傾けながらも、近づいていく。


 「ギプス濡らしちゃいけないから、ビニール袋とかで包みなさいってお医者さんが言ってたから。はい、ビニール袋」

 「……ありがとう。でも一人じゃ結べない」

 「二人に結んでもらえば良いじゃない。ていうか、結びたそうよ」


 後ろに振り返ると、二人がなにかを待ってうずうずしている。別に母親との会話は普通の声の大きさで行われてるし、聞こえているのだろう。


 「じゃあ、やってもらおうかな」

 「そうしな。あぁ、あとあんまり湯船に浸からない方がいいって。まあ、でも入った方が気持ちいいし、腕を濡らさなければ良いだけだから、左手あげながらなら入っても良いかも」

 「わかった」

 「はい、いってらっしゃ~い」


 ビニール袋を受けとり、二人のもとへと歩いていく。


 「さくら、やったげるから袋貸して」

 「ありがとう。でも、服脱いでからの方がいいかも」


 珊瑚ちゃんの言葉に俺は感謝しつつも、まず服を脱ぐことを提案する。服を着たまま袋を結んじゃうと、脱ぎにくくなりそうだし。

 雛乃ちゃんは、真っ先に食事のときに離した俺の手を握った。


 「それもそうね。それじゃあ、まず脱衣所に行こ」


 珊瑚ちゃんは頷いて、浴室へと歩き始める。

 俺と雛乃ちゃんもそれに続いて歩き始めた。


◇◆◇


 脱衣所で服を脱ぎ始める。さすがに服を脱ぐときは手を離してくれる雛乃ちゃん。

 とはいえ俺は、服を脱ぐにも片手しか使えず一苦労だ。いつもの倍以上の時間をかけても服を脱ぐことができていない。

 そんな俺を見かねて、雛乃ちゃんが服を脱がせてくれる。


 「ほら、ばんざいして」

 「うん、ありがとう」


 服を脱ぎ終えると、俺は自分でロングスカートのホックをはずし、ストンと地面に落ちたロングスカートをしゃがんで拾う。

 それを洗濯かごの中に入れ、ブラをはずそうとしたが、左腕が背中まで回らない。

 どうやってはずしたものかと悩んでいると、耳元で珊瑚ちゃんが呟く。


 「そういうときはね、肩紐をはずしてから、ホックを前に回せば良いんだよ。つけるときも同じ。前で止めてから後ろに回すの」


 なるほど。確かにそれならば腕を怪我していてもつけられる。俺は言われた通り、肩紐をはずし、ホックの部分を前に回し、右手で外す。

 ショーツも脱いで、やっとお風呂にはいる準備が整った。


 「さくら、左手出して。袋結んだげる」

 「ありがとう」


 俺はうつむきながら、珊瑚ちゃんに左手を差し出す。だって、前には全裸の珊瑚ちゃんが立っているわけで。

 しかも珊瑚ちゃんは俺が男だって知っているわけだから、なおさら見れない。

 そんな俺の心境を察したのか、珊瑚ちゃんが袋を結び終えた後、俺の耳元に顔を寄せた。


 「恥ずかしがらないで。あたしたち、女の子同士、だよ?」


 耳元に響く珊瑚ちゃんのウィスパーボイスに、俺の顔はみるみるうちに熱を帯びていく。

 なおさら顔を上げることはできない。

 すると、俺の頬を珊瑚ちゃんの両手が包み、くいっと、前を向かせられる。

 視界に映る珊瑚ちゃんの身体。

 まだお風呂に入っていないというのに、既に逆上せそうだ。


 そして、右腕に優しく包み込まれるような衝撃が走る。そちらを向くと、やや不満そうな雛乃ちゃんが俺の右腕に抱きついていた。


 「あたしもいるんですけど?」


 そんな雛乃ちゃんも当然全裸で。俺の右腕を一肌特有の生暖かさが包み込む。


 桃井さくらの裸は見慣れた。なんせ一ヶ月もこの身体なのだ。珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんに関しても、着替えを共にすることが多いため、下着姿までなら何度も見てるし、耐えられる。

 でも今は裸だ。それに、二人は俺に好意を寄せてくれている。


 「さ、早く入ろ。寒くなってきちゃった」


 珊瑚ちゃんが浴室の扉を開けながら、そう呟く。湯船の蓋を開けると、生ぬるい空気が通り抜けた。


 「さくらはお湯に浸からない方がいいんだっけ?」

 「あ、いや……左腕濡らさなきゃ大丈夫らしい……」

 「そう、じゃあ皆で入ろっか」

 「狭くない?」

 「それもお泊まり会の醍醐味でしょ?」


 各々、洗面器を使ってお湯を浴びてから湯船に浸かる。大人三人が入るようなサイズのものではないため、正直かなり狭い。

 それに身体もすごく密着している。


 「わ~、さくらのおっぱい浮いてる。すご」

 「ちょっと……」


 雛乃ちゃんが俺の胸をつつきながら、自分の胸を見下ろした。


 「あたしももっと大きくならないかなぁ。さくらは大きい方が好き?」

 「い、いや。そんなことはないけど」

 「じゃあ、小さい方が好き?」

 「そういうわけでも……。雛乃ちゃんはどうなりたいの?」

 「あたしはもう少しほしいかな」

 「揉んだら大きくなるらしいよ。さくら、あたしの揉んでよ」

 「あ! あたしのも!」


 迫ってくる二人に俺は耐えられなくなり、勢いよく立ち上がった。


 「わ、私、先に洗うね!」

 「あたしが洗ったげるよ、片手じゃやりにくいでしょ?」

 「あたしもやる!」

 「じゃあ、雛乃ちゃんは身体をお願いしていい? あたしは髪を洗うから」

 「うん!」


 珊瑚ちゃんがシャワーの蛇口を捻り、俺の髪をお湯が濡らす。

 バスチェアに腰を下ろしていると、二人のなすがままに全身を洗われる。


 「さくらの髪さらっさらだなぁ。洗いやすい」


 人に髪の毛を洗ってもらうのは美容院などで何度も経験しているけど、やはり気持ち良い。

 手櫛で撫でるように俺の髪を洗う珊瑚ちゃん。

 洗い終えたのか、珊瑚ちゃんは再びシャワーを捻り、シャンプーを洗い流す。それからリンスを髪に馴染ませるように撫で、それを洗い流す。

 それから珊瑚ちゃんはタオルで俺の髪の毛を器用に巻き上げた。


 「はい、次雛乃ちゃんの番」


 そんな珊瑚ちゃんの言葉に雛乃ちゃんが頷き、首から下へ撫でるように俺の身体を洗い始める。

 洗ってもらってる最中、雛乃ちゃんはさりげなく俺の胸を揉んでくる。

 それだけじゃなく雛乃ちゃんの手は股の部分にも伸びてきて……。


 「ひうっ! ひ、雛乃ちゃん、どこ触って……?」

 「全身くまなく洗って上げるね♡」


 雛乃ちゃんは宣言通りいやらしい手付きで、俺の全身を余すとこなく洗い上げる。


 なんでか、洗ってもらったというのにとんでもない疲労感。

 時々意識せず変な声も出てしまったし、なんかちょっと、他人に自分の身体をさわられるの怖いな……。


 「いやぁ、さくらが良い声出すから頑張っちゃった」

 「ほんと。あたしもさくらの声、なんかすごいそそられちゃった」

 「もう、雛乃ちゃんには私の身体触らせない……」

 「え……ごめ……」

 「もう手も繋がない」

 「さ、さくら……なんでもするから許して……?」

 「なんでも?」

 「な、なんでも……」

 「そっかぁ、なんでも、なんでもね。なにしてもらおうかな」


 別になにも考えてない。なんか雛乃ちゃんの悲しそうな顔を見たらからかいたくなってみただけだ。

 なんか雛乃ちゃんも、俺のこの顔が好きだと言っていた気がする。


 「そ、その……やっぱりえっちなのとかはちょっと……」

 「えっちなのが嫌なの?」

 「え? う、うん」

 「じゃあ、雛乃ちゃんが私にやったことを雛乃ちゃんにやっちゃおうかな?」


 当然そんなことをするつもりはない。さっきまで裸を見るのすら危うかったというのに、触れるわけないし。


 「そ、それは、うん。それならいいよ。あたしもやったことだし」


 というのに、雛乃ちゃんの反応は予想外のものだった。えっちなのが嫌だというからえっちなお願いをしたのに。普通に了承されてしまった。


 「え、冗談のつもり、だったんだけど。別にひどいことしたい訳じゃないし」

 「え、あ、そ、そうなの!? あ、あたし……でも、さくらにさられるんならそんなに嫌じゃないよ。むしろ、ちょっと期待しちゃった」

 「え? えーっと、そういうのは、まだ、ちょっと……」

 「そ、そう……」

 「別に手くらいならいつでも繋ぐから。あまり身体をまさぐられるのは嫌だけど」

 「うん、ありがと」


 それから、珊瑚ちゃんと雛乃ちゃんも髪や身体を洗い終え、数分湯船に浸かってからお風呂から上がった。

 俺たちは髪を乾かし、パジャマを身に付けた。雛乃ちゃんには俺の服を貸した。

 そんな雛乃ちゃんは、俺が貸した服に顔を埋めて、「えへへ、さくらの匂いがする」と呟いたのをそっと見えていないふりをし、俺の部屋へと戻る。


 部屋には来客用の布団が二枚地面に敷かれていた。

 俺たちはその布団の上に三人で腰を下ろし、お喋りを始める。

 女の子のお喋りとは不思議なもので、どれだけ話しても話題がつきることはない。俺は二人の会話についていってる程度だが。


 一時間半ほど経っただろうか。壁に吊り下げられた時計を見ると、十時頃を示していた。

 今日は色々あったためか、もう既に眠くなってきた。それは二人も同様なようで、そろそろ寝ようか、ということになった。


 「ねえ、さくらもこっちで寝よ?」


 雛乃ちゃんが自分の寝転がっている横をとんとんと叩く。


 「狭くない?」

 「ううん、暖かいと思うの」

 「そう……。珊瑚ちゃんは?」

 「あたしもさくらの横で寝たいかな」

 「……じゃあ、お邪魔しようかな」

 「やった! さ、どうぞ」


 雛乃ちゃんの誘導にしたがい、布団と布団の間に枕をおいて、寝転がる。


 「じゃあ、電気消すね」

 「うん、おやすみ」

 「おやすみなさい」


 俺はそっと目蓋を閉じた。

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